伝承之蔵

九枚筵
亘理町/北新町

   今から約二百年前、この里に、ある足軽が住んでいた。その足軽の母親は、毎日のように、嫁の欠点を探しては、嫁に意地悪をしていたのだが、この嫁は、たいへん心の優しい人間だったので、歯をくいしばって、一生懸命に働いた。ある年の夏、いつものように、嫁が、 を広げて麦を干した後、その筵を物置にしまったのだが、この様子を見ていた母親が、嫁がしまった十枚の筵の一枚を隠し、素知らぬ顔をしていた。

   翌日、嫁が、麦を干そうとして筵を並べたところ、十枚あったはずの筵が一枚たりなくなっているのに気づいた。どうしても見つけることができなかったので、嫁が、母親に、 「 十枚あったはずの筵が、九枚しかありません。お母さん、残り一枚を知りませんか ? 」 と尋ねたところ、母親は、驚いたふりをして、 「 筵が一枚たりないですって ! 私が隠したとでも言うのかい ! 自分の姑を疑うとは、なんという嫁だ ! 」 と、嫁を罵倒した。すぐに、嫁は、 「 すいませんでした。私の不注意で、筵を一枚なくしてしまいました 」 と言って、母親に御詫びをしたのだが、母親は、ますます調子にのって、 「 たとえ、一枚の筵でも、大切な財産なんだよ ! 隣の家の者が盗んだんじゃないのかい ! 今、すぐに、取り返してきなさい ! 」 と叫んで、さらに、意地悪をした。

   嫁が、しかたなく隣の家に行って、 「 物置に十枚の筵をしまったのですが、一枚の筵がなくなってしまいました。こちらの家に紛れ込んでいないでしょうか ? 」 と尋ねると、隣の者は、 「 そんなことはありませんよ。それにしても不思議な話ですね。この里には、人の物を盗むような者は一人もいませんからね 」 と答えた。嫁が、このことを母親に話すと、母親は、 「 なくなったんだから、誰かが盗んだのよ ! 今から里中を一軒ずつ回って、筵を探してきなさい ! 」 と叫んだ。そのため、嫁は、母親の命じたとおりにしたのだが、どこに行っても答えは同じであった。

   真夜中になって、嫁が家に帰ると、母親は、 「 これだけ探して筵がないんだから、犯人は、おまえしかいない ! 一枚分の麦を売って金を横領し、筵を川にでも捨てたんだろ。そんなことをする嫁は、この家にはいらないから出ていけ ! 」 と叫んで、嫁を家から追い出した。里人たちの中には、 「 あれは、きっと、嫁が盗んだんだろう 」 と噂する者もいたので、嫁は、その苦痛に耐えかねて、ある夜、井戸に身を投げて自殺してしまった。

   ところが不思議なことに、その後、里人たちが、その嫁が麦を干していた場所で麦を干すと、どんなに天気が良い日に干しても、必ず、麦が少し黒くなって湿気が残るようになった。そのため、里人たちは、 「 これは、死んだ嫁さんの祟りだ。無念だったんだろうな。かわいそうに … 」 と噂し、いつしか、この場所のことを、 “ 九枚筵 ” と呼ぶようになったという。

参考 『 わたりの民話 』
現地で採集した情報


現地レポート

この伝説の九枚筵の場所に関して、古老に聞いてみたところ、 「 ん 〜 、ちょっと、分からないねぇ。昔、聞いたことがあったような気もするが、いつ、誰に聞いたのかも忘れてしまった。たとえ、知っている人がいたとしても、あまり良い話ではないので話したがらないと思うよ 」 とのことであった。


どうしても場所を特定したい方は、 北新町 で筵を広げて麦を干してみるといいと思います。麦が少し黒くなって湿気が残った場所が、この伝説の嫁さんが筵を広げた場所です。場所を特定することも大切なことだとは思いますが、私は、何が何でも場所を特定することには否定的なので。つまり、この伝説の意地悪な母親の子孫の方が、特定した場所に現在も住んでいる可能性があるということです。私にとって大切なことは、 「 なぜ、この伝説が今も里人たちに語られているのか ? 」 、その理由を知ることです。それは、この伝説に、人間社会の本質が秘められているからだと私は考えています。伝説の中に秘められている人間社会の本質に迫り、それを今後の人生に活かしていくことこそ大切なのです。


平成 24 年 10 月 13 日 ( 土 ) 掲載