伝承之蔵

殿原小路の平太夫 1
山元町/坂元/舘下

   昔、この里にある 殿原小路 に、負けず嫌いで有名な 平太夫 という剣の達人が住んでいた。ある日、平太夫が友人と歩いていると、 胡桃の木 があったので、その友人が、「 大きな胡桃の木だなぁ 」と言ったところ、平太夫が、「 何を言ってるんだ! あれは、 勝木 だ! 」と叫んだので、胡桃の木なのか、勝木なのかで激しい口論となり、一触即発の状態となった。そこに、偶然、通りかかった別の友人が仲裁に入り、「 おい! 二人ともやめろ、みっともない。平太夫! あれを見てみろ。胡桃の実がなってる 」と言って、その場を治めようとしたのだが、平太夫は、「 一つや二つ、胡桃の実がなっていても、勝木は勝木だ! 」と叫んで、一歩も引かなかったという。

参考 『 山元町誌 第二巻 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、殿原小路。昔、この里には 蓑首城 という城があり、この通りには多くの家来たちが住んでいた。因みに、当時は、殿様が死んだ時、殿様の後を追って家来たちも切腹したので、この殿原小路は、 追腹小路 とも呼ばれている。


殿原小路はL字になっている。ちょうど角になっている場所が、家老の屋敷跡。代々、家老は、この場所に屋敷を構えていた。



これが、家老の屋敷跡。



これは、家老の屋敷の門。この門だけは、昔のまま残っている。



これは、家老の屋敷の門にかかっている札。雨などで文字が読めなくならないように、木の板を被せてある。



この札には、「 蘓民将来 ○○ 」と書かれている。○○の部分は、薄くなっていて読めないが、札の大きさから推測すると二文字であろう。この札に関しては、「 昔、神が、 巨旦将来 に一夜の宿を貸してくれと頼んだことがあったのだが、巨旦将来は裕福だったにもかかわらず、この頼みを断った。次に、神は、蘓民将来に一夜の宿を貸してくれと頼んだところ、蘓民将来は貧しかったにもかかわらず、この頼みを快諾した。そこで、神は、蘓民将来に対して、『 子孫に至るまで、疫病を免れるようにしてやる 』と約束した 」という伝承がある。この伝承のため、「 蘓民将来子孫也 」と書かれた札を門にはると、災難や疫病が除かれると信じられてきた。


平成 18 年 1 月 11 日 ( 水 ) 掲載
令和 5 年 9 月 10 日 ( 日 ) 改訂


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