伝承之蔵

遠刈田温泉の由来
蔵王町/遠刈田温泉

   昔、京の都に、 三条盛実 という者が住んでいた。盛実には、おまんという姫がいたのだが、この姫は、なかなか子供に恵まれなかった盛実が、北野天満宮に祈願して、やっとのことで授かった姫であった。ところが、この神は、盛実に姫を授けたとき、「 この姫は、陸奥に住んでいる“ 炭焼藤太 ”という者と結婚させろ 」という不思議な条件をつけた。その後、成人したおまんが、神が与えた条件に従って陸奥にきてみると、なんと、ある里の山奥の炭焼き小屋に、確かに、藤太という者が住んでいた。そこで、おまんは、藤太に今までのことを話し、藤太の妻となった。

   おまんは、京の都から、少しだけ黄金を持ってきていたのだが、その黄金の価値を教えられた藤太は、「 そういえば、 岩崎山 にそんなもんがあったなぁ… 」と思い、さっそく、岩崎山で金の採掘を始めたところ、その後、たいへんな長者となり、 吉次吉内吉六 という三人の子供にも恵まれて、幸せな日々を送った。ある日、吉次が、岩崎山で金を採掘していたとき、突然、温泉が湧きだしたので、この温泉を整備して里人たちに開放すると、里人たちは、たいへん喜んで感謝したという。

参考 『 蔵王町史 民俗生活編 』
現地で採集した情報


現地レポート

この伝承の温泉は、 遠刈田温泉 と呼ばれ、現在でも親しまれている。



これが、岩崎山。



これは、近くにあった説明文。



これが、採掘跡。



これは、近くにあった説明文。



現在、この金山は、立入禁止となっている。昔、 伊達政宗 が、仙台城築城のための資金を得るために、この金山を採掘したところ、巨万の黄金を産出した。しかし、ある日、坑道の中で、大量の水が噴き出してきて、多くの里人たちが犠牲になったため、この金山は廃坑になったという。


平成 19 年 6 月 27 日 ( 水 ) 掲載
令和 5 年 7 月 30 日 ( 土 ) 改訂


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