伝承之蔵

鎌倉沢と鎌倉温泉の由来
蔵王町/平沢/鎌倉沢

   前九年の役のとき、この里で、 鎌倉景政鳥海弥三郎 が戦っていたところ、ある武士の放った矢が、景政の目に命中。しかし、勇猛果敢な景政は、そのまま戦い続け、見事に弥三郎を討ち取った。数日後、負傷した目が激しく痛むようになり、景政の苦痛は頂点に達したのだが、その夜、景政の夢枕に、ある女性が現われ、「 私は、神の使者です。神は、あなたの信仰心に感心しています。そのため、あなたの目の傷を治してあげることにしました。この里にある、ある沢に、温い湯が湧いています。その湯に、心を静かにして入浴してみなさい 」と言って姿を消した。景政が、半信半疑のまま、お告げに従って、その沢に行ってみると、本当に温い湯が湧いていた。喜んだ景政は、すぐに入浴。すると不思議なことに、あれだけひどかった目の傷が、完全に治癒した。そのため、いつしか、里人たちは、この沢のことを、“ 鎌倉沢 ”と呼ぶようになり、景政の目の傷を治した温い湯を、“ 鎌倉温泉 ”と呼ぶようになったという。

参考 『 蔵王町史 民俗生活編 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、鎌倉温泉。



古い建物ではあるが、この伝承を知っているためなのか、何となく良い雰囲気に思える。



こちらの建物も古い。



これは、建物の内部。



鎌倉温泉の由来が、しっかりと伝承されている。



上の写真は、鎌倉温泉が、“ 男の隠れ家 ”という雑誌に掲載されたときのもの。この温泉は、宮城県民でも知らない方が多い。現在の鎌倉温泉の当主も、あまり宣伝する気はないようである。


この温泉は、擦り傷・切り傷・アトピー性皮膚炎などに効果があるらしい。今回の私の取材に対して、鎌倉温泉の当主である 堀内三夫 さんが対応してくれたのだが、取材中にも、お客さんが多く来て、「 ちょっと待っててくださいね。受付をしてきますので 」と言って、お客さんの対応にあたっていた。“知っている人は知っている”という感じの温泉である。擦り傷・切り傷・アトピー性皮膚炎など、皮膚関係で悩んでいる方は、一度、試してみるのも良いかもしれない。


因みに、上の写真は、堀内家の家系図。堀内三夫さんは九代目。



平成 19 年 6 月 27 日 ( 水 ) 掲載
令和 5 年 7 月 31 日 ( 月 ) 改訂


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