伝承之蔵

権坊の恋物語
登米市/東和町米谷/宮ケ沢
登米市/東和町米谷/金谷

   昔、 鳥海神社 の近くの岩穴に、尻尾のない大蛇が棲んでいたのだが、その大蛇は、里人たちを襲うわけではなかったので、“ 権坊 ”と呼ばれて親しまれていた。ちょうど、そのころ、この里に住んでいた 忍田長者 の夫婦が、自分たちに子供ができないことを悩んでいたため、ある日、鳥海神社に、「どうか、子供が授かりますように」と祈願したところ、その日の夜、長者の妻の枕元に神様が現われ、大きな白衣の両袖を広げて長者の妻を包み、静かに空を飛びはじめた。そして、雲の上まで昇ると、今度は静かに地上にもどり、「私は、鳥海大権現である。今、おまえを妊娠させた。生まれてくる子供を大切に育てるんだぞ!」と言って姿を消した。

   その後、女の子が生まれた長者夫婦は、おとらと命名して可愛がり、おとらが十七〜十八歳になるころには、この里のみならず、まわりの里でも評判の美しい女性に成長した。ところが、困ったことに、権坊がおとらを愛してしまい、どうしてもおとらを諦めきれない権坊は、毎晩、人間の若者に変身しておとらの屋敷を訪ね、「おとらさん、私と結婚してください」と求婚しはじめた。このことを知った長者夫婦は、ある日、「おとらは神様から授かった大切な一人娘なので、おまえと結婚させるわけにはいかない」と話し、権坊の求婚を断ったのだが、権坊は、「長者さんが望むことを、なんでも叶えてあげるから、どうか、おとらさんと結婚させてください!」と叫び、一歩も譲らなかった。困った長者は、結婚を諦めさせるために、「そこまで言うなら、一晩で 北上川 をせきとめてみろ!そうしたら、おとらと結婚させてやる。ただし、朝、一番鳥が鳴くまでにだぞ!」と、権坊に無理難題をふっかけた。すると、権坊は、「わかりました。今日の夜、明日の朝の一番鳥が鳴くまでに、北上川をせきとめます」と言って帰った。

   その日の夜、権坊は、北上川をせきとめるために、自分が棲んでいる岩山に長い体を巻きつけ、その岩山をグイグイと動かしはじめた。その様子を、こっそり見ていた長者は、「あんな岩山を運ばれたら、本当に北上川をせきとめられるかもしれない…」と焦り、なにを思ったのか、急いで屋敷に帰って大きな をもち、再び、北上川に向かった。ちょうど、岩山を運んでいる権坊が、もう一歩で北上川に到達しようかというとき、長者が、おもいっきり蓑を叩いて、「コケコッコ−!コケコッコー!」と叫んだ。すると、蓑の音と長者の叫び声が、鶏の羽ばたきと鳴き声に似ていたので、それを聞いた権坊は、「あぁ…、朝か…、もうダメだ。おとら〜!、おとら〜!」と呟きながら北上川に飛び込み、その後、再び、姿を現わすことはなかったという。

参考 『 登米地方の傅説 』
現地で採集した情報


現地レポート

上の写真は、鳥海神社の鳥居。



階段を上っていく。



これは、鳥海神社の拝殿。



さらに階段を上ると、本殿がある。



赤丸は、本殿。



上の写真は、権坊が運んだ岩山。



これが、岩山。



本当に、岩の山であった。



岩山の上に、石碑がある。赤丸がそれ。



これが、石碑。赤い矢印は、北上川の堤防。権坊は、こんなに近くまで岩山を運んできた。



権坊が岩山を運んだ距離から、おとらに対する深い愛情が推量される。



おとらは八十歳ぐらいまで生きたのだが、いつまでも若々しかったので、里人たちからは、“トシチ(十七歳)”と呼ばれていた。そのため、里人たちは、「おとらは、鳥海大権現の化身だったのでは?」と噂したという。


平成 22 年 9 月 12 日 ( 日 ) 掲載
令和 8 年 3 月 2 日 ( 月 ) 改訂


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