伝承之蔵

草鞋の小石
山元町/浅生原/内手

   昔、この里に、 星権左衛門 という亘理藩の家臣がいたのだが、その権左衛門が、あるとき、お伊勢参りに行くことになった。お伊勢参りの途中、何度も何度も、 草鞋 に小石がはさまるので、権左衛門は、「 この小石は、神からの授かりものだ。ありがたい、ありがたい 」と思い、その小石を紙に包んで大切に持ち、三ヶ月後、お伊勢参りから帰ると、すぐに、お堂を建てて小石を祀った。すると不思議なことに、その小石が一年ごとに大きくなり、三十年が経ったころには、神々しい大きな石になっていた。この噂を聞いた里人たちが、遠方からも来るようになり、お堂へ参詣する里人たちの行列が絶えなかったという。

参考 『 山元町誌 第二巻 』
現地で採集した情報


現地レポート

右側の坂道を上っていく。



途中までは、舗装されている。



ここで、行き止まり。



赤い矢印の場所から入っていく。



この坂を上っていく。



これが、この伝承の石を祀っている祠。赤丸が、その石。



これが、この伝承の石。



現在、この伝承の石は、 浅生原 の阿部家が管理している。昔は、 内手山 の頂上に祠があり、そこに祀ってあった。古い松の木の近くに建てた祠で、“ 熊の堂 ”と呼んでいたという。しかし、数年前、宅地造成用の土として利用するため、内手山の頂上は切り崩されてしまった。上の写真は、切り崩された内手山。残念なことに、内手山を切り崩した時、熊の堂も同時に壊されてしまった。


実は、上記の伝承では、権左衛門は、小石を二つ持ち帰ったとなっている。戊辰戦争の後、権左衛門は、二つの石を阿部家に託して北海道に移住したのだが、 大正 時代の末、ひょっこり、この里に姿をみせ、「 毎日、お伊勢様の夢ばかり見るんだ。申し訳ないが、二つの石の一つを返してもらえないだろうか… 」と、阿部家に頼んだ。そこで、阿部家では、祭礼をした後、二つの石の一つを権左衛門に返したという。この話が事実とすると、もう一つの石が、北海道にあるはずなのだが、その詳細は分かっていない。また、この伝承に関しては、「 ある日、阿部家の者が、小石を二つ懐に入れて分家を訪れ、『 やっと、お伊勢様の石が、めんこい子供を生んだぞ。ここに置いていくから、大切に祀れよ 』と言って、帰っていった 」という話も伝わっている。この話が事実とすると、この神々しい石は、四人家族ということになる。分家に祀ってあるという二つの子供の石は、現在、その所在が不明となっており、こちらも、その詳細は分かっていない。


平成 17 年 12 月 11 日 ( 日 ) 掲載
令和 5 年 9 月 10 日 ( 日 ) 改訂


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