船越の五輪塔 3

   船越 の里に、 五輪塔 がある。ある年の 飢饉 のとき、 餓死 した者、 疫病 で死んだ者などを供養するために建てられたものだという。その飢饉のありさまは、 まるで、地獄のようであったと伝承されている。

   昔、ある 老婆 が、冬の寒さの中、 もなく、 を燃やして暖をとっていた。そこに、一人の旅人が通りかかった。その旅人は、老婆を哀れに思い、 握り飯 を一つあげようとした。

   ところが、老婆は、「 ありがとうございます。この恩は死んでも忘れません。でも、 これは受け取れません 」と言った。旅人が、その理由を尋ねると、「 あなたの情けで、 二〜三日は生きることができます。しかし、その後、食べ物を得る手段がありません。この握り飯は、 あなたが食べてください 」と答えた。

   旅人は、それでも、握り飯をあげようとしたが、老婆は、「 昨夜、長男夫婦と孫が餓死しました。 三日前には、夫も餓死しました。ここは地獄です。どうか、このまま死なせて欲しい… 」と言って、 旅人の厚意を拒否したという。

参考『 鹿島台町史 』

現地で採集した情報



“ 船越の五輪塔 3 ” 写真館

これが、船越の石碑群。

これが、五輪塔。多くの地獄を見てきたことだろう。

平成18年3月17日(金)掲載