明治十二年、全国的に
コレラ
が流行したとき、
木間塚
の里にも、数名の死者がでた。
そのとき、この里の
世話人
だった
鹿岩丈右衛門
は、コレラに感染した者の家を訪れ、里の
防疫
に
励んだ
。
しかし、不幸なことに、世話人の丈右衛門がコレラに感染してしまった。さらに、丈右衛門の妻、
“ おきの ”も感染してしまう。“ おきの ”は、明治十五年八月三十日、丈右衛門は、
同年九月一日に死亡した。
全国的に嫌われた病気であったため、二人の遺体には誰も近づかなかった。その後、心ある数人によって、
葬式だけはすませたという。
参考『 鹿島台町史 』
現地で採集した情報
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