光照山来迎寺の怪

  藤原秀衡 の家臣に照井太郎高直という武士がいた。 文治の戦で照井太郎高直は 源頼朝 の家臣であった 仁田四郎忠常 に攻められ、首をはねられる。 その瞬間、照井太郎高直のかぶっていた 烏帽子 が飛んで、来迎寺の前の田に落ちた。 すると不思議なことに、翌年から、その田は穀物が実らなくなった。

  その数百年後の 万延 元年、人々は 万霊塔 を造立して、照井太郎高直ともども弔った。 しかし、来迎寺の門前に夜な夜な怪物が現れて、通行人を悩ませるようになった。 伊達家の家臣であった 山崎弥五郎 は、その話を聞き怪物退治に名乗りを上げた。

  ある夜、山崎弥五郎は、この怪物を一刀両断に切り捨てた。 翌日、怪物を切り捨てた場所へ行ってみると、なんと照井太郎高直らを弔った万霊塔の上部を切断していた。 それ以後、怪物は現れなくなり、穀物が実らなかった田は来迎寺の所有にして、改めて照井太郎高直らを弔ったという。

参考『 岩出山町史 下巻 』



“ 光照山来迎寺の怪 ” 写真館

光照山来迎寺の門前から撮影。

光照山来迎寺の門を入ってすぐ左に万霊塔がある。

山崎弥五郎によって切断された万霊塔。本当に刀で切ったように見える。

現在、光照山来迎寺の門前に田はありませんでした。そのかわりに、京都を思わせるような素晴らしい町並みがそこにはありました。

平成17年6月29日(水)掲載