鬼首の由来 3

   昔、 伊達政宗 が外国との貿易を希望していたとき、政宗は、 支倉常長ローマ派遣 し、その貿易 ルート を確立しようとした。その目的は、仙台藩の馬を 改良 して戦力を 増強 することにあった。そのため、政宗は常長に、「 ローマから 種馬 を持ち帰れ 」という 極秘 命令を下した。

   政宗は、徳川家の監視の目を逃れるために、地形的に他の里と 隔絶 され、 放牧 地としても適している、この里で馬を改良することを決定した。すぐに、仙台藩は、この里を 直轄 地として他の国の者の入国を禁止し、その 取り締まり厳重 にした。

   また、戦力を増強するために馬を改良しているという秘密を守るために、「 あの里には、人間の 生き血 を吸い 尽くす 鬼が 棲んで いる 」という を流し、他の 里人 たちを遠ざけた。

   その後、「 あの里に行くと、鬼に首をとられる 」という噂が 定着 したので、いつしか、里人たちは、この里を、“ 鬼首 ”と呼ぶようになったという。

参考『 鳴子町史 上巻 』

現地で採集した情報

平成19年8月15日(水)掲載