鬼首の由来 4 |
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昔、 壇ノ浦の戦い に敗北した 平家 一門 は、全国各地に 散り散り になった。 陸奥 に逃れてきた平家一門は、この里に 隠れ 住み、「 いつか、必ず、京の都に平家の旗を立ててやる 」と、 再起 を 誓った 。 これらの平家一門は、いつも、鬼のような 衣装 で、 里人 たちには、あまり 素顔 を見せなかった。布で顔を 覆い 、さらに、草などで 編んだ 覆面 を 常用 。 髪 を長く 垂らし 、 無精 髭 を生やしていた。また、武士のため、その目は鋭く輝き、身のこなしも 素早かった 。 覆面や鬼のような衣装から、里人たちには、これらの平家一門は、さながら、鬼のように見えた。 そのため、この里は、“ 鬼の里 ”と呼ばれるようになり、さらに、顔や頭の 厳めしい 装い から、“ 鬼首 ”と呼ばれるようになったという。 参考『 鳴子町史 上巻 』
現地で採集した情報
平成19年8月20日(月)掲載
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