江合川の河鹿

   昔、ある仙台藩主が、京の都から迎えた妻と一緒に、この里の温泉に入るために、藩の 保養所 に宿泊したことがあった。

   ところが、妻が、 ふさぎ込んで いるので、藩主が理由を聞いてみたところ、妻は、「 夜、 江合川せせらぎ を聞いていると、私の 故郷 である京の都が 偲ばれ 、心が 寂しく なります。せめて、京の都の 河鹿 の鳴き声だけでも聞けたなら、私の心も 癒される のに… 」と答えた。

   藩主は、妻の 心情 を思いやり、 家来 に、「 京の都から河鹿をとってきて、江合川に 放せ  」と命令した。その後、しばらくしてから、この里にある江合川の周辺では、河鹿の元気な鳴き声が響くようになったという。

参考『 鳴子町史 上巻 』

現地で採集した情報



“ 江合川の河鹿 ” 写真館

鳴子町史 上巻には、「 東鳴子、赤湯温泉の 国鉄 寮の場所に、藩政時代仙台藩主や岩出山城主の温泉保養の 湯守 が置かれていた 」とある。この“ 国鉄寮 ”というのが、現在の“ ホテル・ニューあらお ”のあたりである。上の写真が、ホテル・ニューあらお。
上の写真の赤丸が、ホテル・ニューあらお。矢印が、江合川。
これが、江合川。鳴子町史 上巻には、「 鳴子の河鹿は、下流の江合川や 鳴瀬川 の川辺に聞かれる河鹿の音より勝れ、澄んでいるといわれる 」とある。
この伝承の藩主の妻は、 中納言 の次女に生まれた、“ 椿姫 ”という女性であった。 容姿 端麗 で諸学芸道に 精通 し、心も 温厚 な方だったので、京の都でも評判の女性だったという。
平成19年8月20日(月)掲載