赤這の由来 |
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昔、 源義経 の 一行 が平泉に向かう途中、この里で 休憩 したことがあった。 北の方 が、 亀若丸 に 母乳 を飲ませていたとき、この里の子供たちが、「 義経殿だ、義経殿だ! 」と叫んで、北の方の周りを花で飾り、みんなで輪になって亀若丸をあやした。すると、赤ん坊の亀若丸にも 歓迎 されていることが理解できたのか、喜んで子供たちの後を 這い 回った。 その日の夕方、空から、大きな白馬が、黄金の 鞍 を置いた十数匹の馬を引き連れて、義経一行の前に舞い降りた。そして、その白馬は、「 義経殿、われわれと一緒に、栗原寺まで行きましょう 」と言った。義経は、「 わかりました。しかし、その前にするべきことがあります 」と言って、 弁慶 に、「 この里の子供たちに、幸福と 武運 を与えてやってくれ 」と命令し、 白山神社 を 勧請 して 祀ら せた。 その後、その子供たちが立派に成人して里を 繁栄 させたので、いつしか、 里人 たちは、赤ん坊の亀若丸が喜んで這った、この里を、“ 赤這 ”と呼ぶようになったという。 参考『 鳴子町史 上巻 』
現地で採集した情報
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