鳴子町史 上巻には、「 鳴子から車で国道一0八号線を入ると、鬼首との中間に片山地獄を水源とする大深沢が鳴子ダムに出合する山手側に分原と呼ばれる丘陵帯があるが、
この地を『 鬼原 』又別名『 鬼平 』と里人は呼んでいる 」とある。
この伝承の大竹丸の首は、この鬼原に落ちた。現在も、この石になった大竹丸の首があるらしいのだが、未確認である。
それどころか、この鬼原の正確な位置も不明。
上の写真が、鳴子町史 上巻の、「 …片山地獄を水源とする大深沢が鳴子ダムに出合する… 」という場所。
この山手側が鬼原だという。下の写真が山手側。
これが、山手側なのだが、この写真のどの場所が鬼原なのかは不明。
鳴子町史 上巻に、「 山仕事にゆき来する村人はきまってこの石の前でひと休みするという 」とあったので、
古老
に聞いてみたところ、「 ん〜、“ 鬼原 ”とか“ 鬼の首の石 ”とかは聞いたことがないねぇ〜。
でも、あのあたりに山道はあったよ。でも、誰も山に入らなくなってから荒れてしまったけど 」とのこと。
その古老の話によると、約十年前ぐらいから山道がなくなったという。
平成19年9月18日(火)掲載
|