洞雲寺の首洗い |
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天正 十八年、 大崎義隆 が 豊臣秀吉 に敗北したとき、ある武士が、この里にある城に 籠城 して秀吉軍に 徹底 抗戦 したのだが、秀吉の大軍には勝てず、ある夜、城に火をかけて 切腹 した。 秀吉軍が、この武士の 遺体 を確認するために、 全焼 した城の跡を探したところ、すぐに、この武士の遺体を発見した。ところが、その遺体には首がなく、 胴体 のみが横たわっていた。そのため、秀吉軍は、 鎧 の 紋 のみを回収して 撤退 した。 ところが、その翌年から、お盆になると、ある 修験者 が、この里にある 洞雲寺 という寺に来るようになった。その修験者は、朝は本堂で 香 を 焚いて 読経 し、夜は真っ暗な道を、何かが入った袋を 背負い ながら、「 ヱイト !鬼の首だ!ヱイト!ヱイト!鬼の首だぞ! 」と叫びながら歩いた。 このようなことを一週間も続けた後、その修験者は、川で 垢離 をとり、「 首洗いだ…、首洗いだ… 」と、 一心不乱 に 呪文 を 唱えて 、この行事を済ませた。その後、その修験者は、毎年、洞雲寺にやって来て、この“ 首洗いの行事 ”を続けたという。 参考『 鳴子町史 上巻 』
現地で採集した情報
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