死人山

   昔、この里には、多くの金を 産出 する山があった。その山を 直轄 していた仙台藩は、 里人 たちのみならず、他国の者も 動員 して 強制的 に金を 採掘 させていたのだが、当時の採掘方法は 幼稚 なものであったため、 坑道極めて 細く、里人たちが 腹這い して、やっと通れるという危険な坑道が九割を 占めて いた。

   また、この山の 岩盤 は、たいへん弱かったため 落盤 が多発し、多くの里人たちが落盤によって 圧死 した。毎日のように、圧死した 遺体 が坑道から運び出されて 埋葬 されたので、いつしか、里人たちは、この山を、“ 死人山 ”と呼ぶようになったという。
参考『 鳴子町史 上巻 』

現地で採集した情報



“ 死人山 ” 写真館

これは、小黒崎観光センター。このセンターの前の山が、死人山。
これが、死人山。現在は、 小黒ヶ崎山 と呼ばれている。

この死人山を少し東に行くと、 草井 という里がある。死人山から運ばれた遺体の 腐乱 した 臭い が、あまりにも 臭かった ので、この里は、“ くさい ”という地名になった。
平成19年9月18日(火)掲載