鳴子の由来 1

   昔、この里にある、ある山が、火山活動により大きな爆発をおこした。その爆発は、七日七晩も続き、山の形は変形。谷は、灰や 溶岩 流などで、すっかり 埋まって しまった。

   この爆発による激しい爆発音と 地震 は、 里人 たちを 震撼 させた。また、このとき、あちらこちらから温泉が 湧き だし、毎日、滝のように地面を流れた。そのため、里人たちは、この温泉を、“ 鳴動の湯 ”と呼んだ。

   この“ 鳴動の湯 ”が、“ 鳴声の湯 ”となり、さらに、“ 鳴号の湯 ”となった。その後、“ 鳴号の湯 ”が変化し、“ 鳴子の湯 ”と呼ばれるようになったという。

参考『 鳴子町史 上巻 』

現地で採集した情報



“ 鳴子の由来 1 ” 写真館

鳴子町史 上巻には、「 鳴子と書かれた年代ははっきりしないが、国鉄が開通して営業を開始した大正四年前後ではないかと言われる。 以前には『 啼子 』、『 鳴児 』、『 成子 』と書かれたこともある 」とある。 “ 鳴子 ”という言葉が、 意外 に新しい言葉なのを知って驚いた。ちなみに、大崎市役所の方の話によると、鳴子が、“ なるこ ”と読まれるようになったのは最近で、長い間、“ なるご ”と読まれていたという。
平成19年10月12日(金)掲載