山科伝七の悪事 |
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昔、この里に、京の都から松山茂庭家に 嫁いで きた、“ 万松院 ”という女性が住んでいた。万松院が、京の都から、この里に来るときの 家来 の中に、“ 山科伝七 ”という者がいたのだが、この伝七は、 ずる賢い 人間で、 御世辞 で 高貴 な女性を喜ばすなど、 上手 にたちまわっていた。 ある日、伝七は、万松院の 護身用 に、京の都から持ってきた 観音像 を、万松院の 菩提寺 である、満徳寺に 納めた 。そして、万松院を喜ばせるために、その観音像の前に厚い板を 吊るし 、毎月十七日に、 里人 たちに、この観音像を 参詣 させ、「 この音を、京の都まで響かせよ! 」と叫んで、この板を 乱打 させた。 その万松院が 亡くなった とき、殿様の命令で、 高野山 に万松院の 供養塔 を建てることになった。そこで、 上方 に 詳しい 伝七が、その 役目 に選ばれたのだが、伝七は、この里の者が、上方に詳しくないのを利用して、高野山に 粗末 な供養塔を建て、殿様には、「 華やかに 金銀で飾った供養塔を建てたので、たいそう費用がかかりました 」と言って、殿様から、 莫大 な金を 騙し とった。 ところが、ある日、ある僧が、茂庭家の門前で、「 こんな 立派 な屋敷に住んでいる方にしては、高野山に 寄進 された供養塔は、あまりにも粗末だったな… 」と 呟いた 。そのとき、偶然、近くを通りかかった、茂庭家の家来が、「 それは、どういうことでしょうか? 」と、その僧に 尋ねた 。 その僧の話によると、茂庭家が高野山に寄進した供養塔は、華やかに金銀で飾っているどころか、まったく粗末な供養塔であるとのことだった。 これを聞いた殿様が、すぐに、家来に命じて調べさせたところ、その僧の話は、すべて事実であった。 激怒 した殿様は、すぐに、伝七を 逮捕 。 本来 ならば、重く 処罰 するところであったのだが、伝七が万松院の家来だったため、伝七を、ある屋敷に 幽閉 して解決ということになった。その後、伝七は、その屋敷で、ひとり 寂しく 余生 を送り、死んでいったという。 参考『 鹿島台町史 』
現地で採集した情報
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