大豆坂地蔵尊の由来 1

   昔、この里に、ある夫婦が住んでいて、その夫婦には男の 赤ん坊 がいた。その夫婦は、たいそう深く 観世音菩薩信仰 していたので、その御 加護 によって、 円満 な家庭生活を送っていたのだが、突然、その夫婦は、赤ん坊を他人にあずけて姿を消してしまった。その後、その赤ん坊は 里人 たちの愛情を受けて、 立派 に成長したが、両親も知らず、母の愛情にも恵まれなかったので、その 寂しさ から、たまらなく両親を恋しがる子供であった。

   このころ、この里では、「 観世音菩薩を信仰するために、全国で 修行 を続けている夫婦がいる 」という を、しばしば聞くことがあった。この子供は、この噂を聞くたびに、「 これは、私の両親なのでは… 」と思い、 里人たちに、「 その夫婦は誰なんですか? 」と聞くのだが、いつも、里人たちは、すぐに、その話をやめてしまった。 ある日、この子供は、両親と同じく観世音菩薩への信仰を厚くし、全国で修行する決心をして、その旅に出た。 しかし、子供に対しても世間の風は冷たく、雨のふる夜には 軒下 を借りたり、寒い森の中で 震え ながら寝たこともあった。

   そんなある夜、観世音菩薩が 枕元 に現われて、その輝かしい 後光 とともに、「 親は子供を育て、子供は親を成長させる 」という言葉を与えてくれた。この子供は、この言葉で元気をとりもどし、さらに全国での修行をかさねた。しかし、 光陰矢の如く 月日は流れさり、ついに、この子供も年老いてしまった。この年老いた大男は、意識が 朦朧 とした中でも修行を続けていたのだが、不思議にも、知らず知らずのうちに、自分が生まれた里に帰ってきて、ついに 力尽きて 道端倒れた 。ある男が、その大男に近づき、「 大丈夫 ですか? 」と聞くと、その大男は 合掌 して、「 私は、観世音菩薩を信仰し、全国で修行している者です。修行のために、ここで死ぬのは満足ですが、残念なことに、私は、今まで母親の恵みというものを受けたことがありません。最後の御願いです。どうか、 乳飲み子 のいる母親の 母乳 を、私に飲ませてください 」と、寂しそうに話した。

   そこで、その男は、乳飲み子のいる母親に、「 どうか、その大男に母乳を飲ませてあげてくれないか? 」と 依頼 したところ、その母親は、この依頼を 快諾 してくれた。すぐに、大男のところに行って、母乳を飲ませてやると、大男は、まるで赤ん坊のように喜び、「 このような恵みを受けるとは、うれしくてたまりません。これで安心して死に、あの世で再び観世音菩薩を信仰して修行することができます。私の の中の宝物は、あの世では必要のないものですから、すべて、あなたたちにさしあげます。どうぞ、何かの商売の 元手 にしてください 」と言って、その男と母親に、 厚く 御礼 をした。

   そして、最後に、「 あなたの商売が成功したときには、 お地蔵さん建立 してください。そして、私の 命日 には、忘れずに 供養 していただきたい 」と話し、合掌したまま静かに死んでいった。その男と母親は合掌して、その大男の 冥福 を祈った。このことは、すぐに噂となって、この里にひろまった。その男は、大男からもらった宝物の一部を、その母親に御礼として 譲渡 し、また、「 この里のために使ってください 」と言って、 にも多額の 寄付 をした。そして、自分も、その宝物を元手にした商売で成功し、その後、幸せな生活を送ることになった。
   ところが、数十年後、その男が、この大男のことを忘れかけていたところ、この男に 様々な 凶事 がおこりはじめた。そこで、その男が、 占い師 に聞いてみると、「 死んだ大男と、あなたが 交わした 約束が守られていない。ときどき、お地蔵さんになって枕元に現われているのに、あなたが、まったく気づかないので 激怒 している 」とのことであった。その男は、「 ハッ! そうだった! 忘れてた… 」と深く恥じ、お地蔵さんの建立に 奔走 したのだが、どこの 石屋 にも 適当な 石がなかったので、たいそう困っていた。ところが、ある日、仙台の 八幡 の石屋に大きな石があるという噂を聞き、お地蔵さんの 制作 を依頼したところ、その石屋は、「 願ったり叶ったり です。じつは、あの石には、なぜか、たくさんの子供たちが集まってきます。そして、石の上に乗ったり 囲んだり して、『 お地蔵さん♪ お地蔵さん♪ 石地蔵さん♪ 立って一緒に遊んでおくれ〜♪ 』と歌っているんです。そのような歌を教えた者は、この里には誰もいません。ほんとうに不思議な です 」と言って快諾した。

   その石屋は、「 この石を御地蔵さんにしたら、きっと多くの里人たちが 参詣 するだろうなぁ 」と思いながら、毎日、毎日、 一生懸命 に仕事に 励んだ 。やがて、 見事 な御地蔵さんが完成したので、数百人の里人に協力してもらい、仙台から 大豆坂 まで運んで御地蔵さんを 安置 した。そのため、いつしか、里人たちは、この御地蔵さんのことを、“ 大豆坂地蔵尊 ”と呼ぶようになったという。

参考『 三本木町誌 下巻 』

現地で採集した情報



“ 大豆坂地蔵尊の由来 1 ” 写真館

現在、大豆坂地蔵尊は、 大光寺 という寺が管理している。ちなみに、この土地は大光寺の土地ではなく、ある里人の私有地である。上の写真は、入口。
これが、大豆坂地蔵尊。かなり大きい。

なんとも 立派 な御地蔵さんである。

大豆坂地蔵尊は、平成23年3月11日の 地震 で大きな被害を受けた。
地震で大豆坂地蔵尊の 台座 に、ひびが入ってしまった。

あの地震が、どのくらい大きかったのかがわかる。

千年に一度の 災害 だというが…、どのように表現してよいものか…。平成23年10月5日現在、宮城県での死者は9487人、行方不明者は2090人である。
平成23年10月16日(日)掲載