伝承

貉と糸繰り婆さん
大崎市/三本木伊賀/糸繰上

   昔、この里に、 の糸を作る仕事をしていた 婆さん が住んでいた。この婆さんは、昼も夜も 一生懸命糸繰り をして働いたので、 里人 たちからは、 “ 糸繰り婆さん ” と呼ばれて、たいそう親しまれていた。その婆さんの屋敷の近くの に、とても 利口棲んで いて、婆さんの屋敷に 頻繁 に来ては、婆さんが 糸車 を回すのを、不思議そうに 眺めて いた。そして、しばらくすると、貉は、婆さんの姿に 化けて 、糸繰りを手伝うようになった。

   ある日、 御殿様 から 注文 が入り、その 納品 の日が 迫って いたので、婆さんは、いつものように一生懸命に働いていたのだが、不幸なことに、病気になってしまい、とうとう 寝込んで しまった。婆さんは、 「 納品の日までに仕事が終わらなかったら、 厳しく 処罰 されてしまう … 」 と思ったので、仕事を続けようとしたのだが、体力が弱くなっていて、 蒲団 から出ることができず、そのまま、ウトウトしてしまった。 薄れて いく意識の中で、 「 クルクルクル … 、キークルクル、カタカタカタ … 、キーカタカタ 」 と糸車が回る音が聞こえてきた。婆さんは、不思議に思ったのだが、 「 そんなわけないか … 」 と思い、そのまま寝てしまった。

   数日後、病気が 治癒 したので、婆さんが仕事部屋に行ってみると、たくさんあったはずの麻の材料が、すべて、 立派 な麻の糸になって 積み重なって いた。婆さんは、 「 きっと、あの貉がやってくれたのね。ありがとう、貉さん 」 と言って、心から貉に 感謝 した。貉のおかげで納品できた婆さんは、御殿様から、たいへんな 御褒めの 言葉と 御褒美 をいただいた。すると、その日の夜、婆さんの 夢枕 に貉が現われて、 「 お婆さん、私が糸繰りを手伝ったことは、絶対に秘密にしておいてくださいね 」 と、 お告げ をした。その後も、貉は、毎日、婆さんの屋敷に来て、婆さんが、 「 はぁ 〜 、ちょっと疲れた … 」 と 呟いて 休むと、さっと、婆さんの 代わりに 糸車を回して、一生懸命に手伝った。

   ある冬の日、婆さんは、 を集めるために、裏山に入ったのだが、その日も、いつものように、貉が、婆さんの屋敷に来て、一生懸命に糸車を回して働いていた。ちょうどそのとき、近所の 百姓 が、婆さんの屋敷を 訪ねて 来て、 「 こんにちは。ごめんください 」 と叫んだのだが、まったく返事がなかったので、 「 あれ ? さっき、屋敷の中で仕事をしているのが、外から見えたんだが … 。 忙しい のかな ? 」 と思い、帰ろうとした。すると不思議なことに、裏山から、婆さんが薪を 背負って 帰ってきた。百姓は、 「 ん ? おかしいぞ。今、屋敷の中で、糸繰りをしていたはずなのに … 。どちらかが 偽者 だ ! 」 と思い、薪を背負った方の婆さんに話しかけてみたところ、いつもと変わらない笑顔で会話をすることができた。百姓は、 「 こっちの婆さんが 本物 だ。屋敷の中にいるのは、貉が化けた婆さんに違いない 」 と思い、自分の家に帰って、その話を家族にしたところ、すぐに、この里で、たいそう になってしまった。

   ちょうどこのころ、婆さんの屋敷の近くにある沢に、松の大木が一本あったのだが、毎晩、いつも同じところに、まんまるい月が出ていて、この松の大木の同じところに月がかかっていたので、里人たちは、 「 貉が月に化けて、人間を 騙して いるんだろう 」 と噂していた。ある日、この里の 猟師 たちが集まって、この貉を 退治 する相談をした。そして、その日の夜、この松の大木の近くに 隠れて 、貉が化けた月が出るのを待って、鉄砲を何発か撃ったのだが、すべて失敗に終わった。

   そこで、猟師たちは、再び集まって、 「 婆さんの屋敷で、貉が婆さんに化けたときを 狙おう 」 と決めた。そのとき、その場にいた 古老 が、 「 貉が化けている婆さんの に、何かなかったか ? 」 と 尋ねた 。ある猟師が、 「 そういえば、近くに 行灯 があったなぁ … 」 と答えると、その古老は、 「 今度は、貉を狙うのではなく、その行灯を狙って撃ってみろ 」 と教えた。そこで、猟師たちは、婆さんが 留守 のときを狙って、婆さんの屋敷の庭に隠れて、貉が来るのを待っていた。そうとは知らない貉は、いつものように、婆さんに化けて、一生懸命に糸繰りをして働いた。ところが、そのとき、猟師の一人が行灯に向かって鉄砲を撃つと、その が行灯に 命中 。すると、行灯の火が消え、同時に、貉が化けた婆さんの姿も消えてしまった。猟師たちが、近づいて見てみると、行灯があった場所には、大きな貉が、血まみれになって死んでいた。このことを知った婆さんの悲しみは、里人たちの想像を大きく超えるものであった。その後、婆さんは、 絶望 のあまり、かつてのような元気を失い、二度と回復することはなかったという。

参考 『 三本木町誌 下巻 』
現地で採集した情報


“ 貉と糸繰り婆さん ” 写真館

これが、糸繰り婆さんの屋敷があった場所。当時、里人たちは、糸繰り婆さんの住んでいた屋敷を、 “ 糸繰り ” と呼んでいた。驚いたことに、現在でも、そのまま地名として残っている。


この伝承の貉が棲んでいた沢を、里人たちは、 “ むじな沢 ” と呼んでいた。貉は、毎日、200メートルも離れた婆さんの屋敷まで通っていた。


この貉が殺された時の婆さんの悲しみは、 如何許り であったろうか。何とも 哀れな 話である。
シクシク…  ウゥ…  (ノд・。)  グスン  カワイソウ


平成24年1月25日(水)掲載