伝承

経塚森
大崎市/三本木蟻ケ袋/一里塚

   昔、ある 飛脚 が、京の都に向かって走っていたとき、この里にある、ある森で、ある者が、その飛脚の前に立ちふさがった。その者は、この飛脚に、 「 おれは、 “ 法道丸 ” という東国一の 盗賊 だ。ここは、おれの 縄張り なので、持っている物を、すべて置いていけ 」 と叫んだ。しかし、この飛脚も負けずに、 「 私は、 “ イダテン ” という東国一の飛脚です。私は、急いで京の都に行かなければなりませんので、これで 失礼 いたします 」 と言ったかと思うと、その 素早い 走りで、どんどん、法道丸から遠ざかっていった。法道丸は、 必死 に、その飛脚を追いかけたのだが、飛脚の足が速かったので、とうとう、 見失って しまった。法道丸は、 「 畜生 ! 逃がしちまった ! ヤバイな、顔を見られた ! 」 と叫び、たいそう 悔しがった

   その飛脚は、京の都に 到着 して、自分の 用事 をすませると、 役人 たちに、 「 私は、京の都に来る途中、法道丸という有名な盗賊に 遭遇 しました 」 と話し、その 詳細 な情報を提供した。すると、すぐに、役人たちは、法道丸を 逮捕 して、 火焙り にした。法道丸が処刑されて死んだ後、この里に住んでいた 信仰厚い 行者 たちは、法道丸によって殺された旅人たちの 供養 するため、この里にある、ある森の頂上に 経塚築き 、八百巻の 経文納めた 。そのため、いつしか、 里人 たちは、この経文を納めた森のことを、 “ 経塚森 ” と呼ぶようになったという。

参考 『 三本木町誌 下巻 』
現地で採集した情報


“ 経塚森 ” 写真館

この伝承の経塚森に関してであるが、 古老 の話によると、 “ 経塚森 = 一里塚 ” であるとのことであった。一里塚とは、この里にある、 奥州街道 の一里塚のことである。上の写真が、その一里塚。


昔、この一里塚は、奥州街道の両側にあったのだが、現在は、赤丸の一里塚のみである。


法道丸は、この里の、 “ 隠れが里 ” を 根城 にしていた。法道丸が死んだ後、その根城の跡に経塚を築いたという。古老の話によると、 「 昔から、森という感じではなかったねぇ。私が子供のころは、あの にのぼって遊んでいたが、高さは、2メートルぐらいだったかなぁ 〜 。畑にするために、少しずつ 崩して いったので、今では平たくなってしまったけど 」 とのこと。


平成24年1月31日(火)掲載