伝承

いろは四十八倉
大崎市/三本木新町

   昔、この里にある、 円通院 の前を流れている 鳴瀬川川岸 に、 “ すり鉢穴 ” という場所があり、そこに、 の一族が 棲んで いた。また、その 対岸三本木蟻ケ袋崖下 には、巨大な 蜘蛛 が棲んでいて、毎日、夜になると、長く 鋭い 手で、鰻の一族を、すり鉢穴から引っかき出して、鰻の一族を困らせていた。鰻の一族は、しばしば、この蜘蛛と戦ったのだが、いつも敗北し、 次第に 仲間の数も減っていってしまった。

   このころ、三本木蟻ケ袋崖下に、 狩猟 をして生活していた、千葉家の者たちが住んでいた。ある夜、千葉家の 長老夢枕 に、鰻の一族の主が現われて、 「 いつも、巨大な蜘蛛が 襲撃 してきて、私の一族を困らせています。私たちは、明日、その蜘蛛と戦うのですが、私たちに勝つ 見込み はありません。どうか、あなたの御情けで、蜘蛛を 退治 していただけないでしょうか。必ず、 御恩返しを いたします 」 と 依頼 した。千葉家の長老は、 「 昨日は、不思議な夢を見たなぁ。まぁ、特に意味はないんだろうけど 」 と思いながらも、何となく 胸騒ぎ がしたので、その日の夕方、 火縄銃 を持って、すり鉢穴に行って、何かが起こるのを待っていた。

   すると、突然、 暴風雨 となり、蜘蛛が、 の中から目を光らせながら、鳴瀬川の水面を 掻き分けて 、千葉家の長老のいる方に近づいてきた。蜘蛛は、長く鋭い手で、すり鉢穴から鰻の一族を引っかき出すと、鰻の一族は、全員で蜘蛛に襲いかかり、激しい戦いが始まった。この戦いに 圧倒 されていた千葉家の長老は、 「 ハッ ! 早く、鰻たちとの約束を果たさなければ ! 」 と思い、 素早く 火縄銃を蜘蛛に向けたのだが、暴風雨のため、 火縄 の火が消えてしまい、どうすることもできず、ただただ、蜘蛛と鰻の戦いを 眺めて いるほかなかった。しばらくすると、蜘蛛は、激しい風と雨によって体を水面に 叩きつけられ 続けていたので、その痛みに 耐え かねて、とうとう 退散 していった。

   その後、再び、鰻の一族の主が、千葉家の長老の夢枕に現われ、 「 明日の夜、再び、蜘蛛が襲撃して来るので、蜘蛛の 目玉 を撃って退治してください 」 と依頼した。次の日の夜、千葉家の長老は、 「 今夜こそ、蜘蛛を退治してやる ! 」 と 意気込んで 、すり鉢穴で蜘蛛が来るのを待っていた。しばらくすると、蜘蛛が 悠然 とやって来て、前回と同じように、蜘蛛と鰻の激しい戦いが始まった。蜘蛛が鰻に 組み付いて 、上になったり下になったりしたのだが、水中では、なかなか勝負がつかなかったので、蜘蛛は、長く鋭い手で、鰻の一族の主を陸に引き上げて 窒息 させようとした。鰻の一族の主は、陸に引き上げられてから数分が 経つと息苦しさ のあまり、大きな 悲鳴 をあげた。

   このとき、千葉家の長老は、そっと、蜘蛛に近づき、火縄銃で蜘蛛の目玉を撃った。この弾が見事に蜘蛛の目玉に 命中 すると、蜘蛛は、もがき苦しみながら死んでしまった。これを見た鰻の一族は、たいへん喜び、千葉家の長老に、心から 感謝 した。そして、千葉家の長老も、安心して自分の屋敷に帰っていった。

   それから数ヶ月後の、ある夜、千葉家の庭で、 「 ドスンッ ! 」 という、ものすごい音がした。 驚いた千葉家の者たちが庭に出てみると、ちょうど、牛が去っていくのが見えた。 そして、庭の中央には、大きな、 “ 金の玉 ” が置かれていた。 千葉家では、 「 牛が、金の玉を持って来るとは、どういうことなんだ ? 」 と、不思議に思ったのだが、そのとき、思い出したのが、鰻の一族のことであった。千葉家では、 「 そうか、あのときの鰻が牛に 化けて御礼 に、金の玉を持って来たんだ ! 義理堅い やつだなぁ 」 と、深く 感銘 した。その後、千葉家では、その金の玉を売って得た、多額の現金を 元手 にして、蟻ヶ袋の 千貫森 のあたりに数棟の 酒蔵 を建て、これを、 “ いろは四十八倉 ” と呼んで、 酒造り を始めた。 高瀬舟 が鳴瀬川を 往来 していたころには、たいそう 繁盛 し、 仙台塩釜石巻 にまで 盛んに 販売 していたという。

参考 『 三本木町誌 下巻 』
現地で採集した情報


“ いろは四十八倉 ” 写真館

これが、円通院の入口。



これが、円通院の 境内



これが、円通院の 本堂



上の図は、この伝承の位置関係。



未確認ではあるが、赤丸の木の近くに、すり鉢穴があるらしい。


この木の近くにあるはずなのだが、雪のために確認できなかった。


三本木町誌 下巻には、 「 家業繁栄を祈願して、大うなぎの主並に大蜘蛛の主と両御尊体を一個の丸石に刻み併して、千葉家の守り本尊となし、旧九月十九日を御祭神と定めて篤く崇敬された年代もあつたと蟻ヶ袋字崖下の千葉家の方々が語つている 」 とあり、 「 その後次第に高瀬舟の来る数も減じ、酒倉の数も段々淋びしく成るに従つて、千貫森の地も他人に売り渡されると共に、古文書等も手離されて、今は千葉家の系図一巻を保存しているのみである 」 ともある。この伝承の千葉家の 末裔 の方に話を聞いたのだが、 「 ん 〜 、ちょっと、わからないねぇ 」 とのことであった。


この伝承の千葉家は、約500年前から、この里に住んでいる。昔、 高瀬舟鳴瀬川 を利用していたころには、その客を相手に、 酒造り莫大 な利益を得ていた。ちなみに、 最盛期 には、酒の作り込みのときの 磨ぎ汁 が、約10キロにわたって鳴瀬川を真っ白く 染め美里町不動堂 あたりまで続いていたという。


初めて知ったのだが、 蜘蛛 には、目玉が8個もある。その8個の目玉の 配置 も、種類によって 様様 であり、さらに、その目玉の一つ一つに違った 役割 があるという。この伝承の千葉家の長老は、一体、どの目玉を撃ったのだろうか ? ウェブサイト 「 地球はすごい ! 明日の地球 」 より画像を引用させていただきました。


生態 に関しては、不明なことが多かったのだが、最近の研究で、少しずつ、その生態が分かってきた。日経ビジネスオンラインによると、グアム島やマリアナ諸島の西側沖のマリアナ 海嶺 のスルガ海山付近に、ニホンウナギの 産卵 場所があるという。鰻の成長 過程 は以下のようである。

プレレプトセファルス ( 卵から 孵化 したばかりで、全長は3 〜 12ミリメートル )
レプトセファルス ( 全長が10 〜 60ミリメートルの 仔魚

シラスウナギ ( 全長が約55ミリメートルになったレプトセファルスは、約20日ほどでシラスウナギになる )

成魚 ( 全長は約20センチメートル )

つまり、鰻は、五月の末、マリアナ海嶺の近くの水深約200メートルで産卵し、約30時間かけて水深約160メートルまで上がりながら孵化。十一月 〜 翌年の四月にかけて、 黒潮 の流れに乗って日本の海にやって来る。そして、川を 遡上 してから、5年 〜 10年かけて成魚になり、その後、産卵のため、再び、海に帰っていく。 以下の画像 1 〜 2 は ウェブサイト 「 日経ビジネスオンライン 」 より、 画像3は ウェブサイト 「 水産庁 」 より、 画像4は ウェブサイト 「 夜の住人 」 より、 画像5〜6は ウェブサイト 「 Wikipedia 」 より画像を引用させていただきました。


これが、ニホンウナギの卵。



これが、プレレプトセファルス。



これが、レプトセファルス。



これが、シラスウナギ。



これが、成魚。この成魚になった鰻の一部が、さらに成長すると、次の写真のようになる。


いっただきまぁ 〜 す ♪

ウマイ 〜 !   o(^-^o)   ウナギ、サイコー !



平成24年2月11日(土)掲載