伝承

瀬戸家と愛宕様
大崎市/三本木新沼/二又

   昔、この里で 疫病蔓延 し、 農繁期 にもかかわらず、 人手不足 になり、多くの 里人 たちが 困惑 していた。ある日、この里に住んでいた 瀬戸家 の主人が、 連日連夜 の仕事で 疲労 がたまり、仕事中に、ウトウトと 居眠り をしていると、どこからともなく、 見知らぬ 子供が現われて、 「 ぼくが、 鼻取り御手伝い をしてあげるよ 」 と言ったので、さっそく、主人は、その子供に手伝いを頼んだ。その子供が、 馬屋 から馬を引き出そうとすると、いつもは 暴れる 馬が、すんなりと出てきたので、主人は、 「 あれ ? 不思議なこともあるもんだ 」 と思い、しばらく、不思議そうに、その子供を 眺めて いた。

   その子供に 代掻き を手伝ってもらったので、夕方には、すべての代掻きがおわった。そして、その子供と主人が一緒に家に帰っている途中、 愛宕神社 のあたりで、いつのまにか、その子供の姿が消えていた。 不審 に思った主人が、その子供の 足跡 をたどってみると、愛宕神社の 社殿 の中まで続いていたので、その 御神体 を見てみると、御神体の足が、 泥まみれ になっていたという。

参考 『 三本木町誌 下巻 』
現地で採集した情報


“ 瀬戸家と愛宕様 ” 写真館

このことがあった後、瀬戸家は愛宕様に 三拝九拝 し、愛宕神社を 氏神 とした。そして、 明治 二年には、社殿を 改築 し、いっそう愛宕様を 厚く 信仰 したという。三本木町誌 下巻には、 「 新沼二叉の旧家瀬戸家の屋敷内に、愛宕神社が氏神として祀られている。この神社は瀬戸家の祖先である 瀬戸土佐善質 が勧請したもので … 」 とある。


これが、愛宕神社の入口。



これが、 参道鳥居崩れて いる。



この鳥居は、 宮城県沖地震 の時に崩れた。



鳥居の他にも、多くの 板碑傾斜 している。



赤丸が、 拝殿



これが、拝殿。



これが、 本殿



宮城県沖地震と 東日本大震災 によって大きな被害を受け、建物が危険な状態にあるという。


平成24年2月29日(水)掲載