伝承

高橋家と観音様
大崎市/三本木新沼/羽黒

   昔、この里に、 細倉鉱山取引 をしていたため、 “ 金山 ” という 屋号 で呼ばれていた高橋家の屋敷があった。その高橋家に、突然、貧しい姿をした 白髪 の老人が、 をつきながら 訪ねて 来て、高橋家の 当主面会 を求めたのだが、当主が、その老人を窓から見たとき、たいそう身なりが貧しかったので、 家人 に、 「 当主は 留守 だと言って、 追い返せ ! 」 と命令し、 居留守 をつかって老人を追い返した。

   家人が、当主に命令されたとおりにすると、その老人は、 「 そうか、そういうことか ! この屋敷の当主は、おれのことを 嫌って いるな ! 」 と叫んで、高橋家の屋敷を去った。老人が屋敷の門を出るとき、持っていた杖を東の方角に向けてさしたのだが、不思議なことに、杖を東に向けると同時に、老人の姿は のように消えてしまった。

   その数日後、細倉鉱山が火災になり、その後、 次第に 細倉鉱山の経営も 不振 となったため、細倉鉱山と高橋家との取引もなくなってしまった。そのため、当主は、 「 あの老人は、高橋家が 信仰 している 篦岳観音様化身 だったのかもしれない … 。せっかく、危険を知らせてくれたのに … 」 と思い、ますます、篦岳の観音様への信仰を 厚くした という。

参考 『 三本木町誌 下巻 』
現地で採集した情報


“ 高橋家と観音様 ” 写真館

三本木町誌 下巻には、 「 高橋文夫氏宅の屋号を昔から金山と呼んで来た。何代頃の先祖の人か不明であるが、細倉鉱山との取引をしていたことから金山の屋号が生れたものと思う 」 とある。この伝承の屋敷には、現在も、高橋家の方が住んでいて、屋号も金山のままである。残念なことに、 高橋文夫 さんは、すでに 亡くなって いた。


三本木町誌 下巻には、 「 当金山家は代々篦岳の観音様を信仰し、所有地内に少しばかりの田を神田と称し、不浄の肥料を用いないで〆縄をめぐらして耕作していた。収穫した米は全部観音様に奉納した程の信仰ぶりであつたが、後で金山の主人は日頃信仰する観音様の御宣告ではなかつたかなと思つて益々信仰の度を深めた 」 とある。現在、高橋家の当主は十五代目であり、農家も続けている。ちなみに、 「 … 神田と称し、不浄の肥料を用いないで〆縄をめぐらして耕作していた … 」 のは、高橋家の七代目の当主までで、その後は、残念ながら 絶えて しまった。


平成24年3月26日(月)掲載