伝承

鞍掛けの桜松
大崎市/三本木新町

   昔、 源義経弁慶一行平泉 に向かう途中、この里にある、 豆坂山道 を通ったことがあった。このとき、一行は、たいへん 疲労 していたので、豆坂山道を下ったところにあった 平地休憩 することにした。ちょうど、そこに、桜と松が立っていたので、義経は、その枝に 掛けて 、馬に草を与えて休憩させた。そのため、いつしか、 里人 たちは、この桜と松のことを、 “ 鞍掛けの桜松 ” と呼ぶようになったという。

参考 『 三本木町誌 下巻 』
現地で採集した情報


“ 鞍掛けの桜松 ” 写真館

上の写真は、豆坂山道を下ったところにある豆坂。写真に向かって右側に、この伝承の桜松があった。この桜は、その道を通る里人たちが、必ず、足を止めて 鑑賞 するほど美しかったらしい。その後、この桜は 枯れて しまったのだが、不思議なことに、残された松の が桜の 木肌 に変化し、桜が枯れた後も、桜と松の 二役を演じた という。この松も、 大正 元年ごろまではあったのだが、その後、枯れてしまい、腰掛けの桜松は、その姿を完全に消してしまった。


三本木町誌 下巻の本文には、桜と松の位置関係や、鞍を桜に掛けたのか、それとも松に掛けたのか、などの記述がない。そのため、 “ 桜と松 ” と “ 桜松 ” を 混同 している可能性がある。 “ 桜と松 ” は、桜の木と松の木のことであるが、 “ 桜松 ” は、 京都御苑 にある 山桜 のことである。上の写真がそれ。横たわって枯れている松から、桜が咲いている。ウェブサイト 「 ちゅーすけのブログ 」 より画像を引用させていただきました。義経と弁慶が、桜に鞍を掛けてから、横たわっている松に をおろしたとすると、話の 筋が通る 。もしかしたら、京都御苑の桜松を 念頭に置いた 伝承なのかもしれない。


上の写真は、YouTubeにあった 桜松の動画 。 ウェブサイト 「 YouTube 」 より画像を引用させていただきました。


平成24年3月30日(金)掲載