上の写真は、豆坂山道を下ったところにある豆坂。写真に向かって右側に、この伝承の桜松があった。この桜は、その道を通る里人たちが、必ず、足を止めて
鑑賞
するほど美しかったらしい。その後、この桜は
枯れて
しまったのだが、不思議なことに、残された松の
幹
が桜の
木肌
に変化し、桜が枯れた後も、桜と松の
二役を演じた
という。この松も、
大正
元年ごろまではあったのだが、その後、枯れてしまい、腰掛けの桜松は、その姿を完全に消してしまった。
三本木町誌 下巻の本文には、桜と松の位置関係や、鞍を桜に掛けたのか、それとも松に掛けたのか、などの記述がない。そのため、 “ 桜と松 ” と “ 桜松 ” を
混同
している可能性がある。 “ 桜と松 ” は、桜の木と松の木のことであるが、 “ 桜松 ” は、
京都御苑
にある
山桜
のことである。上の写真がそれ。横たわって枯れている松から、桜が咲いている。ウェブサイト 「 ちゅーすけのブログ 」 より画像を引用させていただきました。義経と弁慶が、桜に鞍を掛けてから、横たわっている松に
腰
をおろしたとすると、話の
筋が通る
。もしかしたら、京都御苑の桜松を
念頭に置いた
伝承なのかもしれない。
上の写真は、YouTubeにあった
桜松の動画
。
ウェブサイト 「 YouTube 」 より画像を引用させていただきました。
平成24年3月30日(金)掲載
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