伝承

与四郎稲荷神社 1
大崎市/三本木新沼/中谷地

   昔、この里に、 里人 たちに “ 与四郎 さま” と呼ばれていた、 霊験 あらたかな稲荷神社 があり、その稲荷神社に、ある老いた 棲んで いた。この稲荷神社に 悪口雑言吐くと 、必ず、その狐に 騙されて痛い目に合った ので、この里では、子供のころから、 「 御稲荷様に、 不敬 なことをしてはいけません ! 」 と教育し、 厳に 、不敬を 戒めて いた。

   ある日、ある 浪人 が、 「 御稲荷様に悪口雑言を吐くと、狐に騙される 」 という を確かめようとして、この里に来たことがあった。浪人は、稲荷神社に向かって刀を抜き、 「 与四郎 ! 出てこい ! 」 と、何度も叫んだ。しかし、何もおこらなかったので、 「 やはり、ただの噂だったのか。つまらないことに時間を 費やして しまった 」 と思い、帰ろうとしたところ、たくさん金が入っている 立派財布 が落ちているのを見つけた。

   浪人は、 「 むむ ! 狐め ! 財布に 化け やがったな ! 」 と叫んで、財布に刀を向け、何度も 脅した のだが、何の変化もなかった。 失業 中のため、 貧乏 だった浪人は、 「 ん 〜 、 本物 の財布か … 。ずいぶん 厚い 財布だな … 。いくら入っているのかな … 。もらっちゃおうかなぁ 〜 」 と 呟き 、ニコニコ笑いながら財布を 拾った ところ、たちまち、財布が に変わり、手が糞だらけになってしまった。驚き恐れた浪人は、すぐに、その場から逃げたのだが、翌日、その噂が里人たちに知れわたり、 “ 手糞浪人 ” と呼ばれて、たいそう 面目 を失ったという。

参考 『 三本木町誌 下巻 』
現地で採集した情報


“ 与四郎稲荷神社 1 ” 写真館

昔、里人たちは、この稲荷神社に、朝と夕に 参詣 して 厚く 信仰 。神社に対する言動にも注意を 怠ら なかった。ところが、 明治 四十三年の 洪水社殿 が流されたため、その後は、小さな を建てて 祀って いたのだが、道路の 拡張 などによって、すべてがなくなり、残念ながら現存していない。


昔、このあたりを 採掘 すると、 や祭 器具 などが多く 出土 したという。なぜ、この稲荷神社が、 “ 与四郎稲荷 ” と呼ばれるようになったのか 詳細 は不明であるが、この里に住んでいた 高貴 な方の 氏神 として祀られていたようである。


平成24年4月21日(土)掲載