伝承

与四郎稲荷神社 2
大崎市/三本木新沼/中谷地

   昔、この里に、 里人 たちに “ 与四郎 さま” と呼ばれていた、 霊験 あらたかな稲荷神社 があり、その稲荷神社に、ある老いた 棲んで いた。この里には、ある有名な 産婆 さんが住んでいたのだが、ある夜、玄関の戸を激しく 叩く 者がいたので、そっと、外を 覗いて みると、玄関の前に女性が立っていた。そして、女性が、 「 あなたが、たいへん 優秀 な産婆さんだとの を聞いて、 お訪ね いたしました。今、私の娘は、 御産 で苦しんでおります。どうか助けてください。お願いします 」 と言ったので、 不審 に思った産婆さんは、 「 あまり見かけない顔ですが、どちらに住んでいる方ですか ? 」 と、何度も同じことを 尋ねた 。しかし、女性は、その質問には答えず、 「 どうか、娘を助けてください。お願いします。お願いします 」 と、 繰り返す だけであった。

   すると、心の優しい産婆さんは、 「 わかりました。あなたの屋敷に 案内 してください 」 と言って、女性の屋敷の 産室 に行くと、女性の娘が、たいそう御産で苦しんでいた。そこで、産婆さんは、 早速自慢腕を振るって無事丈夫赤ん坊 をとりあげた。屋敷の者たちは、たいそう 喜び 、たくさんの山海の 珍味 をつらねた 揃えて 、産婆さんを 歓迎 した。さらに、 美味しい 御酒を飲まされるやら、 祝儀袋 をもらうやら、たいそうな歓迎だったので、産婆さんは、 前後不覚 になったまま、その部屋に寝てしまった。

   翌朝、 目覚めて 、あたりを見てみると、屋敷は 跡形 もなく、ただ、産婆さんが草の上に寝ているだけであった。産婆さんは、 「 昨日のことは、夢だったのかな … 。いや ! そんなはずはない。さては、稲荷神社に棲んでいる狐の 仕業 か ? 」 と思い、 の中の金を確かめてみると、不思議なことに、すべて、 本物 の金であったという。

参考 『 三本木町誌 下巻 』
現地で採集した情報


“ 与四郎稲荷神社 2 ” 写真館

昔、里人たちは、この稲荷神社に、朝と夕に 参詣 して 厚く 信仰 。神社に対する言動にも注意を 怠ら なかった。ところが、 明治 四十三年の 洪水社殿 が流されたため、その後は、小さな を建てて 祀って いたのだが、道路の 拡張 などによって、すべてがなくなり、残念ながら現存していない。


昔、このあたりを 採掘 すると、 や祭 器具 などが多く 出土 したという。なぜ、この稲荷神社が、 “ 与四郎稲荷 ” と呼ばれるようになったのか 詳細 は不明であるが、この里に住んでいた 高貴 な方の 氏神 として祀られていたようである。


平成24年4月21日(土)掲載