上人の塚

   昔、この里に、 という 長者 がいた。その長者の屋敷は 豪華絢爛 で、庭には道が通っていた。 里人 たちにとって、その道は、便利な近道であったが、長者は、その道の通行を厳しく禁止していた。

   ある日、お不動さまを背負った 上人 が、通行禁止とは知らずに、無断で、その道を通行した。そのため、上人は、長者に捕らえられてしまった。 上人は、「 私は、ただの修行僧です。お許しください 」と言ったのだが、長者は、「 だめだ、規則は規則だ 」と 咎めて 、上人を殺害した。

   その後、里人たちは、この上人を 哀れんで を築いて 弔った という。

参考『 多賀城市史 第3巻 民俗・文学 』

現地で採集した情報



“ 上人の塚 ” 写真館

これは、白雲山不動尊の鳥居。白雲山不動尊の碑には、この伝承が刻まれている。
これが、白雲山不動尊の碑。昭和二十八年に区画整理をしたため、上人の塚は消滅した。 古老 の話によると、塚は、この場所ではなく、他の場所にあったという。 区画整理のとき、近くにあった碑などを、すべて、ここに集めたらしい。
碑には、 不動明王 の姿が彫られている。他にも多くの碑があったらしいが、 区画整理のとき、自分の家に関係している碑は、里人たちが、それぞれの家に持って帰ったという。
平成18年5月10日(水)掲載