猩猩の復讐 1

   昔、この里に、一軒の酒屋があった。ある日、髪も顔も紅い 猩猩 がきて、たくさんの酒を飲んでいった。その猩猩は、 その後も店にきて酒を飲んでいったのだが、どこに住んでいるのか、誰も知らなかった。

   「 いったい、あいつは、どこに住んでいるんだ?こっちが被害を受ける前に、殺してしまおう 」。 里の若者たちは、この猩猩の殺害を計画した。

   その計画を、偶然、聞いていた老人がいた。その老人は、猩猩を 哀れんで 、この里から逃げるように 助言 した。しかし、猩猩は、「 おじいさん、ありがとうございます。でも、私は、もっと酒が飲みたい。 もし、私が殺されたら、 死骸 を、里の東南にある池に沈めてください。そして、おじいさんは、 末の松山 に行ってください。いいですね、末の松山ですよ 」と言った。 数日後、猩猩は、里の若者たちによって殺害された。

   老人は、猩猩の言ったとおりに、死骸を池に沈めて、末の松山に行った。 すると、その六日後、この里は、大きな津波に襲われた。老人は、末の松山という 高台 にいたために助かったが、その他の 里人 たちは、すべて津波にのまれて死んだという。

参考『 多賀城市史 第3巻 民俗・文学 』

現地で採集した情報



“ 猩猩の復讐 1 ” 写真館

宝国寺 の裏にある丘を、“ 末の松山 ”と呼んでいる。これは、宝国寺の入口。
これは、宝国寺の 山門

これは、宝国寺の本堂。

これが、末の松山。

この伝承の猩猩の死骸を沈めた池は、“ 猩猩ヶ池 ”と呼ばれている。“ 猩猩 ”とは、オランウータンに似ていて、 髪は紅く、たいへん酒を好むという想像上の動物。 多賀城市民会館に問い合わせたところ、猩猩ヶ池は、現存していないとのことであった。
平成18年5月22日(月)掲載