猩猩の復讐 2

   昔、この里に、一軒の酒屋があり、“ こさじ ”という 下女 が働いていた。ある日、この店に、髪も顔も紅く、全身に毛が生えた 猩猩 がきて、酒を飲んだ。そして、酒を飲み終わると、 に自分の血を残して帰っていった。

   あまりのことに、下女は、 呆然 として、その杯に残された血を見ていた。すると不思議なことに、しばらくして、その血が、お金に変わった。 驚き恐れた下女は、そのことを店の主人に知らせた。すると、欲の深い店の主人は、この猩猩を殺して血をとり、 大金を得ようと計画する。

   その計画を知った下女は、猩猩を哀れんで、この里から逃げるように 助言 した。すると、猩猩は、「 それでも、私は酒が飲みたい。 もし、私が殺されたら、すぐに、大きな津波が襲ってくるから、そのときは、 末の松山 に逃げなさい 」と言った。

   数日後、猩猩が店にくると、主人はニコニコしながら酒をすすめて、猩猩を 泥酔 させた。そして、猩猩を殺して、全身から一滴も残らず血をしぼりとると、里の東南にある池に、 無残 にも 死骸 を投げ捨てた。

   猩猩が殺されると、すぐに、空は黒雲に 覆われ 、異様な雰囲気になる。下女は、猩猩の言ったとおりに、末の松山に逃げた。すると、その直後、この里を 未曾有 の津波が襲い、里人たちも、家も、畑も、すべて津波にのまれてしまった。 助かったのは、この下女だけだったという。

参考『 多賀城市史 第3巻 民俗・文学 』

現地で採集した情報



“ 猩猩の復讐 2 ” 写真館

宝国寺 の裏にある丘を、“ 末の松山 ”と呼んでいる。これは、宝国寺の入口。
これは、宝国寺の 山門

これは、宝国寺の本堂。

これが、末の松山。

この伝承の猩猩の死骸を沈めた池は、“ 猩猩ヶ池 ”と呼ばれている。“ 猩猩 ”とは、オランウータンに似ていて、 髪は紅く、たいへん酒を好むという想像上の動物。 多賀城市民会館に問い合わせたところ、猩猩ヶ池は、現存していないとのことであった。
平成18年5月22日(月)掲載