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伝承之蔵 Spin off ( 2014年 )
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![]() あけましておめでとうございます。本年も宜しく御願い致します。
![]() まぁまぁ、ご主人様、一杯どうぞ!
![]() それでは、われわれも遠慮なく…。
![]() あ〜、こりゃこりゃ〜!ヒック…♪
![]() 書き初めだよ〜ん♪ご主人様も一緒にどうですか?
![]() え〜、ご主人様とかけて、○○と解きます。その心は…。
![]() 今年も御主人さまに幸せが訪れますように♪
![]() ふぅ〜、やっと会社に出勤したか…。人間の相手をするのも疲れるぜ…。アホらし…。
2014/01/05
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![]() ![]() 上の写真は、水源の近くの池。先ずは、竹を使って、鹿威し用の水を確保した。
![]() こんな感じ。
![]() 鹿威しを作った。2回目の作成なので、今度は完璧。
![]() 鹿威しを固定する為の石を集める。
![]() 先ずは、鹿威しに当たる部分の石を池の中に設置。
![]() 次に、鹿威しを石で固定して完成。
![]() チョロチョロ…。
![]() ジョバジョバ!
![]() カコーン!ん〜、風流だ。
![]() 上の写真は、沢の水を堰き止めて大きな池を作った時のもの。
![]() 初めて作ったにしては上手くできた。
![]() 水の音が絶えない心地よい場所であったのだが…。
![]() 去年の春、その堰の底が抜けてしまった。
![]() 堰の底が抜けて、水がダダ漏れ。水が溜まらなくなり、音も止まってしまった。
![]() 水の流れが無くなった為に藻が発生。
![]() ![]() ![]() すると…。
![]() けっこう流れていた…。多いなぁ…。どうしよう…。
![]() 考えていてもしょうがないので、パイプを伸ばした。
![]() どんどん伸ばした。
![]() 途中でパイプが無くなった…。
![]() ![]() はぁ〜、やっと迂回に成功!
![]() 4メートルのパイプを11本も使用する大工事になってしまった。
![]() 池の堰は、以前は上の写真のようだったが…。
![]() 解体してこうなった。
![]() ![]() 調べてみると、やはり切り株の下に水の通り道があった。
![]() ![]() 一気に沢の下流まで掃除した。
![]() 驚いたことに、まだこんなに切り株が埋まっていた。新しい池を作る時に利用する予定である。
![]() ![]() 泉ヶ岳にも雪が積もり…。
![]() 家の山にも雪が積もったので…。
![]() 雪が解ける3月まで作業は中断。お疲れさまでした。次回は、番外編を掲載します。
2014/01/09
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![]() ![]() ![]() 必要な部分を用意してから作業に入った。
![]() 完成!立派な机ができた。春になったら、日向ぼっこをしながら、この机で書道を楽しむことにする。
![]() ついでに筆置きも作った。
![]() ![]() これは、セカンドストリートで900円で買ったもの。ちょうどよい大きさだったので道具入れにした。
![]() ![]() ![]() おぉ〜!さすが初心者!ヘタクソだ!
![]() ![]() ![]() ![]() おぉ〜!この構図の素晴らしさ!高い完成度だ!
![]() 次に、雪舟の大達磨像という作品を模倣してみた。
![]() おぉ〜!完璧だ!
![]() さらに、雪舟の自画像を模倣した。
![]() て…、天才だ!私に水墨画の才能があったとは!
![]() ![]() でも、少しだけ俗世に未練があるので、髪の毛を一本だけ残した。
![]() また、私は風流を好むので、眉毛は平安貴族のようにした。
![]() そして、いつも笑顔でいたいので、目と鼻と口は優しく描いた。
![]() 暮露暮露の服装にして完成!ん〜、なかなか良い。
![]() 2014/01/30
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![]() 先日、俳優の大沢樹生さんと女優の喜多嶋舞さんとの間にできた子供と思われていた16歳の長男が、実際は大沢さんの実子ではないことがDNA鑑定で判明したというニュースをデレビで放映していた。さらに、その番組にゲスト出演していた元二子山親方(本名:花田満さん)の妻であった藤田憲子さんが、満さんと憲子さんの間にできた子供である勝さんと光司さんに関して、「光司さんは満さんの実子だが、勝さんは実子ではない」という噂の為、兄弟が不仲となり、何十年も苦しみ、現在もその噂で苦しんでいるという話をしていた。その番組で、憲子さんは、「DNA鑑定をしてもいい」「何十年も前の噂を、今も信じている人がいる」などと主張し、世間に対して、真実を知ってもらいたいと理解を求めたのであるが、これを見ていた母が、「何でそんなことをテレビで言うのよ!」と言って怒りだし、何の関係もない私が、延々と母の主張を聞かされるという被害にあった。特に、この問題に関心があるわけではないし、被害にあった腹いせで言うわけでもないのであるが、仮に憲子さんがDNA鑑定をして二人が満さんの実子であると証明しても、「どうせ医者に金を積んで、自分に都合のよい結果を出してもらったんだろう」などと噂されるのが落ちである。つまり、“人の口に戸は立てられぬ”以上、噂などを気にするのは時間の無駄だということである。このような話は、その内容の真偽は別にして、昔から絶えたことがない。以下に引用するのは、徒然草の第七十三段に記述されている“空言=そらごと”に関するものである。 徒然草 第七十三段
世に語り伝ふること、まことはあひなきにや、多くは皆空言也。あるには過ぎて、人は物を言ひなすに、まして年月過、境も隔たりぬれば、言ひたきまゝに語りなして、筆にも書きとゞめぬれば、やがて定まりぬ。
道ゝの物の上手のいみじきことなど、頑なる人のその道知らぬは、そゞろに神のごとくに言へど、道知れる人は、更に信起こさず。音に聞くと見る時とは、何事も変る物なり。 かつ顕るゝをも顧みず、口に任せて言ひ散らすは、やがて浮きたることと聞ゆ。又、我もまことしからずは思ながら、人の言ひしまゝに、鼻のほどおごめきて言ふは、その人の空言にはあらず。げにゝゝしくところゞゝゝうちおぼめき、よく知らぬよしして、さるからつまゞゝ合せて語る空言は、恐ろしきことなり。 我ため面目あるやうに言はれぬる空言は、人いたくあらがはず。皆人の興ずる空言は、ひとり、「さもなかりし物を」と言はむも詮なくて、聞きゐたるほどに、証人にさへなされて、いとゞ定まりぬべし。 とにもかくにも、空言多き世なり。たゞ常にある、めづらしからぬ事のまゝに心得たらむに、よろづは違ふべからず。下ざまの人の物語りは、耳驚く事のみあり。よき人は怪しき事を語らず。 かくは言へど、仏神の奇特、権者の伝記、さのみ信ぜざるべきにはあらず。是は世俗の空言をねんごろに信起こしたるもおこがましく、「よも」など言ふも詮なければ、大方はまことしくあひしらひて、ひとへに信ぜず、又疑ひ嘲けるべからずと也。 底本:新日本古典文学大系「方丈記徒然草」
暮露暮露の口語訳
真実の話は面白くないのであろうか。世間に語り伝えられている話の多くは、みんな嘘の話である。もともと人というものは、実際にあった以上に話を誇張するものであるが、まして、歳月が経って場所も遠く離れてしまえば、言いたい放題に話を誇張して、文字に残してしまう場合もあるので、そのまま真実として認識されてしまう。
さまざまな道の名人の素晴らしさを、思い込みが強くて正しい判断ができない人は、むやみに神のように言いふらすが、その道を熟知している人は、そのような評価を信用することはない。噂で聞くのと、実際に見るのとは、何事でもその印象は違ってくるはずである。 正しい判断ができる人がいる一方で、嘘であることがバレて信用をなくすことも気にせず、言いたい放題に嘘を言いふらす人もいる。しかし、そのような嘘は、すぐに事実無根であると分かるように思われる。また、「真実ではないのではないだろうか…」と思いながらも、人から聞いた話をそのまま、鼻をヒクヒクさせながら楽しそうに言いふらす人がいるが、これは、その人に罪のある嘘ではない。しかし、記憶が曖昧な部分をはぐらかしながら、全体のつじつまが合うようにしてもっともらしく話すような人の嘘は、たいへん恐ろしいものである。 人間というものは、自分にとって都合のよい嘘に対しては、とりたてて強く否定したりはしない。その場にいる数人で面白がる嘘は、一人だけ、「そんなこともないだろうに…」と言っても意味がないので、しかたなく黙って聞いていると、その場にいて何も言わなかったということで、その話の証人にされてしまい、いよいよその嘘が真実のように認識されてしまう。 とにもかくにも、嘘が多い世の中である。ただいつものように存在する珍しくもないことを、そのまま認識していれば、全てのことにおいて間違えることはないのである。身分の低い人が話す話の内容は、聞いていて驚くようなことばかりであるが、教養のある人は、奇怪な話などしないものである。 そうは言っても、神仏の不思議な霊験や、人々を救うために仮に人間の姿となって現われた仏の伝記などは、一概に信じてはならないというものではない。神仏の霊験や仏の伝記などを信じることは、世間の嘘を本気になって信じ込むような愚かなこととは違う。神仏の霊験や仏の伝記などに関しては、「まさか、そんなことはないだろう」などと言ってもしかたがないので、だいたいは真実の事と思っておいて、信じ込みすぎることなく、また、疑ったり嘲笑したりすることもないようにするものである。 昔から、“嫌がらせの情報”や“利権がらみの情報”などを意図的に流布している人間はいたし、その情報を処理する能力が欠如している為、そのまま信じ込む人間もいた。そして、現在もそのような人間は多くいるのである。受信した情報を正確に分析する能力が欠如している人間に、「自分を正確に理解してください!」と主張しても時間を無駄にするだけで、全く意味がない。そもそも、なぜ、そんなにも他人に自分を理解してほしいと思うのかが、私には理解できない。自分が他人の事をどれだけ理解しようとしているのかを考えれば、答えは簡単に導き出せるはずである。あなたは、自分が思っているほど世間の人に関心がないし、同時に、世間の人は、あなたが思っているほど、あなたに関心があるわけではない。つまり、「私はあなたのことを知らないが、あなたには私の事を理解してもらいたい」と主張しているに等しいのである。 憲子さんの家族の例から学ぶことは多い。たとえ真偽の不明な怪情報であっても、繰り返し繰り返し耳うちされれば、いつの間にか“真実のように聞こえてくる”ものである。その結果、たとえ家族であっても簡単にバラバラになってしまう。人間の心とは、そのように弱いものである。だから、たとえ面倒だと思っても、毎日毎日、繰り返し繰り返し、お互いの心を確認することが大切なのである。これは、簡単そうに見えて、かなり難しいことである。まして、このようなことを世間の人々にするのは、大切なことであり必要なことだとは思うが、実際には不可能である。その為、私は、家族を中心とする自分の周囲の人間に限って正確な情報処理をし、その他に関しては、「真偽は不明であるが、そのような情報がある」という程度にとどめている。同時に、世間に対して自分を正確に理解してもらうことも求めていない。 私は、家族を中心とする自分の周囲の人間が理解してくれれば、それで十分である。世間の理解を得ることはその次であり、特に今すぐ必要なことではない。デジタル大辞泉で“信”に関する言葉を調べてみると、以下のような意味であった。 【信ずる】@そのことを本当だと思う。疑わずに、そうだと思い込む。A信用する。信頼する。 【信 頼】信じて頼りにすること。頼りになると信じること。また、その気持ち。 【信 用】確かなものと信じて受け入れること。 世間一般では、このような意味で通じているのであるが、私の心にある感覚とは少し違っている。私の心の中の“信”とは、「相手の言っている内容を正しいと思う」ということではなく、「この人間になら騙されてもしかたがないと覚悟を決める」というものである。つまり、信による結果は、相手に起因するものではなく、自分自身に起因するものなのである。 柳生新陰流には、“無刀の位”という技があるという。足を開いた姿勢で両手をだらりとぶら下げるという無防備な構えである。「相手に刀を抜かせずに相手を制することを目的とし、相手を恐れず、たとえ自分が斬られても相手を制する」というのが極意らしいのだが、原則として非公開なので、詳しいことは分かっていない。しかし、この柳生新陰流の第二世である柳生宗厳が“石舟斎”と号していたことなどから、私なりに推量することはできる。私は、この号をたいへん気に入っている。刀を持った相手を前にして、無防備と思われるような構えをし、斬られる覚悟で立ち向かって相手を制する。その時、宗厳は、“石の舟に乗った心境”だったのであろう。信という言葉の実践は、柳生新陰流の極意に通じるものがあるのではないだろうか。 2014/02/08
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![]() 最近、私は、歌手の家入レオさんの歌をよく聴いている。あまりひねった技巧を凝らさず、素直に表現された詩が気に入っているからである。物事を素直に受け入れるには、私は経験を積み過ぎてしまった。何かを見ると、ついつい戦略を練ってしまう。私の悪い癖である。彼女の素直な感性は、年老いた私には少し眩しい。 今から十数年前、私は、ある女性から諭されたことがあった。深々と雪が降っていた日、二人で雪の景色を眺めながら、特に世間を風刺したつもりはなかったのだが、私が、「この雪の白さは嘘っぽい」と言うと、その女性は、「あんたねぇ、自然の美しさくらい素直に受け入れなさいよ!」と言って、私をキツく叱った。その通りだと思って反省した私は、それ以来、自然の美しさだけは、意識的に人間世界のこととは区別して、そのまま素直に受け入れることにしている。 素直な感性というものは、どんなに私が望んでも、もはや二度と手にすることのできないものである。家入レオさんら若者には、今しか持つことのできない素直な感性を大切にし、その素晴らしい才能を存分に発揮してもらいたい。 甘クテ苦イィ〜♪chocolate♪ ρ(^∇^*)♭ ポ・ポ・ポ・チョコレート♪
2014/02/26
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![]() 以前、私の職場で盗難事件があり、警察の方に来ていただいたことがあった。鑑識課の女性が扉の指紋を採取していた時、仙台中央署の刑事第一課の I さんと話す機会があったのだが、私が、「一度、全ての日本人の指紋を採取した方が良いのでは?そうすれば、こんな時、すぐに犯人が分かるでしょ」と言うと、今まで笑顔で雑談していた I さんの目つきが急に厳しくなり、「私は嫌ですね。この日本を、そんな国にはしたくないです」と言った。 私は、人間の根本は“悪”だと信じている。その為、人間は、日々、自分を律しなければならない。しかし、 I さんは、人間の根本は“善”だと信じているのであろう。人間が悪のように見える場合もあるが、心の底には必ず善があると。その為、人間の悪を前提にした全ての日本人の指紋の採取を嫌うのである。考え方は違うが、その信念には敬意を表する。 私と I さんは、“人間というものの本質”に関する考え方は違うが、“人間の可能性を信じる”という意味では同じ方向を向いている。つまり、歩いている道が違うというだけで、最終的な目的地は同じということである。警察官による不祥事が大きく報道され、このような小さな誇りは報道され難いという側面があるが、それでも、現場の警察官は前に進もうとしている。どんなに批判されても歯を食いしばって頑張っている警察官がいる。そのことだけは、改めて理解してあげてもらいたいと思う。以下は、警視庁警察学校の入校式で読み上げる宣誓書である。 原文は、ウェブサイト「警視庁」より引用しました。
暮露暮露の意訳 私は、日本国憲法・法令・条例、その他の諸法規を忠実に擁護し、また、それらに定められている事を厳格に遵守いたします。 警察官としての職務を遂行するにあたり、その職務を疎かにして、自分たちの利益になる行動を私たち警察官に対して要求してくるような団体または組織に加入することはいたしません。 そして、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、ただ人間の良心にのみ従い、警察官としての職務を公正に遂行することを厳粛に誓います。 2014/03/08
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![]() 特に強い興味があったわけではないのだが、2014年3月4日(火)の河北新報に、“ワーキングプア”に関する記事が載っていたので、少しだけ気になり、ワーキングプアについて調べてみた(ここをクリックすれば当該記事を閲覧できます)。その定義は各国によって様々で、統一されたものはないようなので、自分なりにまとめた定義を私自身に当てはめてみると、今まで気づかなかったのだが、私がワーキングプアであることが判明した。以前は、“負け組”と呼ばれていたようだが、いつのまにか、ワーキングプアに名称変更されていた。何とも忙しい世の中である。次は何と呼ばれるのか今からワクワクしている。その記事によると、働く貧困層を意味するワーキングプア。バーチャル(仮想現実)ではないリアル(現実)な生活での充実を意味する“リア充”。そして、その二つを合わせたような、貧乏生活での充実を意味する“プア充”という言葉が、今、注目を集めているという。 賢明な若者たちが、何の批判もなしにプア充などという生き方を肯定することはないと思うが、念の為、ワーキングプアと呼ばれる私の体験を述べておくことにする。現在、私はワーキングプアの状態を楽しんで生活していることは事実である。しかし、それには、それ相当の物理的・精神的準備が必要である。物理的準備とは、年金・医療・不動産、その他の社会不安であり、すでに、私は、それらの社会不安に予防線を張っている。そして、精神的準備とは、真の貧乏を知っているかどうかということである。私は、子供の頃、貧乏のドン底にいた。父が事業に失敗して多額の借金を抱えていたからである。他人が“馬小屋”と呼ぶような家に住み、着るものはいつも同じ。そのような生活をしていた為、他人から嘲笑され、蔑まれて生きてきた。しかし、ドン底の貧乏生活をしていたからこそ、見えてくるものがあった。流行している物を買い、他人よりも豪華な家に住み、高級車に乗る。そして、それらの行為を高らかに自慢し、そうではない者を軽蔑する。子供の頃から、そのような大人の行動に違和感を感じていた。私の持っている金銭的な価値観と、普通の人たちのそれとは“軸”が違うと。私は、子供の頃の貧乏生活で、金が無い惨めさを味わわされた為、金のありがたみを十分に認識することができた。そして、「限られた少ない金銭の範囲内で、最大限に自分なりの幸福感を引き出す」という能力を身につけたのである。 金を稼ぐだけなら、頭を使いながら死ぬほど働けばいい。そうすれば金持ちになれる。しかし、その代わりに莫大な時間を失い、過重労働で健康を害することもある。また、楽に暮らしたいだけなら、あまり働かずに最低限の生活をすればいい。そうすれば、面白おかしく暮らせる。しかし、その代わりに手に入れた莫大な時間をもてあまし、“退屈という苦痛”に苦しめられることになる。そのような極端な生き方をすれば、幸福とはほとんど関係のないものに莫大な時間を費やし、無駄に大量の汗を流すことになってしまう。金は、本当に大切なものである。将来がある若者たちには考えてもらいたい。何のために金を稼ぐのか?いくら稼ぐのが妥当なのか?そして、最も大切なことは、稼いだ金を、自分が幸福になる為にどのように有効に使うのかということである。さらに真剣に考えてもらいたい。どうすれば幸福を感じながら生活できるのか?そのためにはどのくらい働けばいいのか?そして、最も大切なことは、「他人が自分のことを幸福だと思ってくれる」ということで満足するのではなく、「これが私の幸福の形です」と自信を持って言える価値観を見つけ出す力を身につけることである。深く深く、さらに深く考える必要がある。「私は、将来、○○になりたいから貧乏でもかまわない」など、自分なりの夢を持ち、深く深く考え抜いたプア充なら、私はその生き方を否定しない。また、不本意にもワーキングプアになってしまった方には、同情の念を禁じ得ない。しかし、何の目的もなく、ただ楽をしたい、単に苦しいことが嫌いという理由でワーキングプアになる者は、日本にとって最も危険な存在の一つとなるであろう。 2014/03/16
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![]() 平成26年1月27日(月)、NHKのプロフェッショナルという番組で、Jリーグ・ガンバ大阪に所属する遠藤保仁さんの特集をしていた (削除されていなければ、ここをクリックすれば当該番組を閲覧できます)。 遠藤さんは、2006年のドイツ・ワールドカップで日本代表に選ばれたものの、3試合とも控えにまわり、ゴールキーパーを除くと、ただ一人だけ試合に出場する機会がなかった。上の写真は、その時のものである。私は、このような一流選手の苦痛に歪んだ表情が大好きである。「この人は、今、何を考えているのであろう?」「どうやって、今、目の前にある大きな壁を乗り越えていくのだろう?」などと考え、ついついニヤニヤしてしまう。因みに、普通の人が困っている場合、私は、すぐに優しい手をさしのべる。冷たく突き放すのは、大きな壁を乗り越えた時の充実感を知っていて、そのための力が身についている人間だけである。 遠藤さんが、「なぜ、自分は試合に出ることができなかったのだろう。何が自分に足りなかったのか?」と考えていた時、元日本代表監督のイビチャ・オシムさんに会って、「チームの為に走らなければならない」「点を取る為には、危険だと思うプレーをしなければならない」「サッカーは、一人の王様がいて、十人の家来がいるチームではない」「誰かが困った状況に陥れば、みんなで助けなければならない」など、基本的なものの大切さを改めて認識し、それらに対する自分の認識が不十分であったことに気づかされたという。 “基本を極める”。番組によると、遠藤さんは、ずば抜けたスピードを持っているわけではなく、豪快なシュートを打てるだけのパワーもない。その遠藤さんを支えているのは、「ボールを止めて蹴る」という基本的な動作の圧倒的に高い精度らしい。「周りの人間に何を言われても焦らず、今、自分にできることを淡々とやる。世界で互角以上に戦うには、地道なことを積み重ねていくしかない」。それが、遠藤さんの戦い方だという。私の個人的な印象ではあるが、何か一つの事を極めようとする者は、その人によって表現の違いはあるものの、必ず同じような意味のことを言っている気がする。そして、その言葉の意味は、さして特別なものではなく、ごくごく普通のことであることが多い。今、私は、DVDに録画したこの番組を何回も繰り返し見て、大切なメッセージを記憶に焼きつけている。 2014/03/21
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![]() 私は、学生時代、よく家電量販店などで値切って商品を買ったものだが、社会人になってからは、店の提示する価格が適正なのだと思って値切らずに買っている。最近は、度を越した低価格に危機感を持っているので、なおさら店の価格表示のまま買っている。店の従業員の方たちが、「しめしめ、バカな客だ。高値で買いやがって」と思っていても平気である。ただし、豊富な知恵を背景にした値切りには賛成なので、そのような場合は、積極的に参加したいと思っている。つまり、“粋”な値切りである。 知恵のある値切り交渉に関しては、いろいろな話を聞いたことがある。ある店で、その店の主人と客との間でさんざん値切り交渉をした後、その客が、値切った分の金額を、「はい、ご祝儀」と言って主人に渡した。また、執拗に魚の価格を値切ってくる客に対して、魚屋の主人が、「お客さん、そんなに言うなら、自分で魚を獲ってきてみなよ。海までの交通費・船代・釣り具の代金、一体いくらかかると思ってんの?こんな価格じゃ手に入らないよ。そう考えたら安いもんでしょ♪」と言って、客の値切りをかわしたなどである。 昨今、「これくらいの部品なら、あなたの工場じゃなくても生産できるんだから、他の工場から買ってもいいんだよ。値引きしないなら、この仕事は他の会社にまわすから」と言って、仲間であるはずの下請け会社をいじめている会社が多いという。自分たちが助かる為に多くの仲間を泣かせるという値切りは、最も下品な値切りである。ただひたすら値切るだけで、値切った分の金額の使い方も知らないとは笑止千万。値切るなら、もっと楽しく。もっと風流に。粋にやろうよ。粋にね♪因みに、戦国時代の武将である宇喜多直家は、多くの姻戚を毒殺したり闇討ちにしたとされるが、一方で、自分の家来と共に農作業に励んだり、共に節食して兵糧を蓄えたりした。そして、姻戚を殺すことはあっても、自分の家来は一人も殺さなかったという。少し乱暴な例を挙げたが、現在よりも苦しく困難な時代に生まれていながらも、仲間だけは絶対に裏切らない人間がいたという話である。 2014/03/26
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![]() 昨年末、一流とされているホテルやレストランなどで、メニューに芝海老と表示しながら、実際にはバナメイエビを使用するなど、表示と異なる食材を提供していたことが発覚した。その後の報道では、“誤表記”“虚偽表示”“偽装表示”など、いろいろな表現があったが、簡単に話すと、ホテルやレストラン側は、お客さんの為の表示ではなく、自分たちの為の表示をしていて、お客さん側は、その時は満足して帰ったものの、表示が違っていたことを知って、突然、怒りだしたという話である。つまり、これらの料理をした人間は職人ではなく、また、お客さんたちも、自分たちが思っているほどグルメではなかったということである。このニュースを読んでいて、ふと、次の二つの事を思い出した。 先ず一つは、私が10歳くらいの頃、ある中華料理屋に一人で入り、冷やし中華を注文した時のことである。店の主人が、「お金を持ってる?」と聞いてきたので、私が財布の中の御金を見せると、安心した主人は、近くにいたアルバイトに向かい、「おい!お前が作れ!」と叫んで、自分が料理するのではなく、アルバイトに料理をさせた。特に料理の味に問題はなかったので、帰る時、私は、そのアルバイトの方に、「ごちそうさまでした。おいしかったです」と言って帰ったのだが、しばらくすると、その店は閉店していた。 そして、もう一つは、15年ほど前、同僚のSさんから聞いた話である。ある人が、お客さんの健康を第一に考えて、天然素材にこだわったラーメンを提供する店をオープンしたのだが、お客さんの間で、「あまり美味くない」という評判になり、閉店に追い込まれそうになった。そこで、背に腹は代えられず、主人が、化学調味料をバンバン入れたラーメンを提供すると、「あのラーメン屋は美味い」という評判になり、あっという間に、行列のできるラーメン屋になってしまった。しかし、その主人は、寂しそうに次のように呟いたという。「お客さんには、本当のラーメンの味なんか分からないんだね…」と。 私が考える真の職人とは、たとえ相手が子供であっても、たとえ相手が素人であったとしても、手抜きをせず、自分の持っている最高の技術を提供する人間のことである。また、真のグルメとは、ただ話題になっている店を食べ歩いている人間のことではなく、その素材の美味さを極限まで感じる舌を持っている人間のことである。因みに、平安時代の貴族たちは、鯉を食べると、どこの国の、どこの水で育った鯉かを正確に当てたという。そのような人間こそが、真のグルメである。今回の件では、お店側も、お客さん側も、反省すべき点が多かったのではないだろうか。 2014/04/01
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![]() ロシアによるウクライナ南部クリミア半島の編入・シリアの内戦など、いつの時代にも紛争というものは絶えることがない。いつも思うのだが、このような紛争に関する各国の政府高官の言葉には何か歯切れの悪さを感じる。私には分からないような何らかの利害関係があり、その為にあのような言葉になるのであろうが、誠にスッキリしない言葉である。When you were born, you cried and the world rejoiced. Live your life so that when you die, the world cries and you rejoice.(君が生まれた時、君は泣いていて、周りは笑っていた。君が死ぬ時、周りは泣いていて、君は笑っている。そんな人生を歩みなさい)。先日、初めて知ったのだが、これは、インディアンが残したとされる言葉だそうである。歯切れの悪い言葉が氾濫する世界の中で、この短い言葉は、時代を越え、距離を越えて、遥か日本に住んでいる私の心を射ぬいた。それは、単なる音としての言葉ではなく、心に直接的に語りかける“真の言葉”であった。 どうして同じ人間でありながら、これほどまでに言葉の影響力に差が生じるのであろうか?地位や身分や金銭などは、あまり関係がないようである。政府高官であれば地位としては申し分ないし、身分も高いので金銭的にも恵まれているであろう。ならば、知識であろうか。それも、あまり関係がないようである。知識だけなら私たち現代人の方が持っている。私は、その根底には、“欲”があるのだと思う。ある一部の利害関係だけを考えて行動している人間の言葉には、あまり説得力がない。しかし、私利私欲が無く、全体のことを考えて行動している人間の言葉には、直接、人の心に語りかけ、その心を震わせる力が与えられる。前述のインディアンの言葉は、子供に対する溢れんばかりの愛情に満ちている。そして、それは、自分の子供に対してだけではなく、全員の子供に対して向けられていると感じる。子供のいない私の心でさえ震えるのである。まして、子供を育てている親の心は尚更であろう。利害関係に縛られた私たちの発する言葉は、私利私欲のない先人たちの真の言葉には絶対に勝てないことを思い知らされた。 2014/04/07
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![]() 百九十一高地の激闘・前編
![]() 上の写真の赤丸は、所有地内の標高191メートルにある場所なので、“百九十一高地”と呼んでいる。
![]() 百九十一高地の頂上は、たいへん眺めが良い。
![]() その為、土地を整備して平坦にし、不要になったテーブルと椅子を置いて休憩などに使用していた。
![]() こんな感じ。
![]() ![]() そして、平成25年10月12日、私は、見事にミツバチに左腕を刺された。
![]() ![]() …と思ったが、考えが甘かった。バンドエイドを取った時、弱っていた皮膚が一緒に取れてしまった!
![]() あぁ〜!腕が腫れてきた!か、かゆい!カユイ!痒い!めっちゃ痒い!
![]() おぉ〜!手が!ドラえもんのように…。
![]() う…、膿が出てきた…。
![]() ん〜、膿は出なくなったが、傷口が窪みのようになってしまった。
![]() な、何だ、この白いものは?脂肪か?再生中の皮膚か?
![]() おぉ〜、また膿が出てきた!
![]() 傷口がクレーターのように…。
![]() ふぅ〜、やっと傷が癒えてきた…。おのれ…、ミツバチめ!
![]() このミツバチ騒動によって、“野性の王国”から独立しようとする機運が高まった。
![]() ![]() ![]() 第一次総攻撃を開始。
![]() しかし、巣の周りを警戒していた見張りのミツバチに見つかり、大混乱となった。
![]() 第一次総攻撃は失敗。ミツバチの巣というよりも、もはや立派な要塞であった。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 先ずは、ミツバチが活動を停止する夕方を待って…。
![]() メイちゃん迷子の道を通ってミツバチの要塞の背後にまわり、偵察することにした。
![]() ん〜、北側が出入口になっていて見張りのミツバチがいる。
![]() ![]() ![]() これは、新政府が開発したパルサン槍。パルサンと槍を融合させた斬新な武器である。
![]() 2014/04/17
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![]() 百九十一高地の激闘・後編
![]() 平成25年11月8日、16:30、パルサン決死隊が暮露暮露庵の前に集結。要塞に向かって進軍を開始した。
![]() ナポレオンは、31歳でアルプスを越えた。
![]() 暮露暮露は、45歳で百九十一高地を越える。
メイちゃん迷子の道を通って進軍。
![]() メ…、メイちゃん!まだいたのか!ここは危ないから逃げなさい!
![]() うぅ…、野性の王国からの圧力で、さらに老けてしまった…。か…、必ず、この仇はとるからね!
![]() 16:45、要塞の近くにある藪の中で待機。
![]() 17:00、第一次総攻撃の反省を踏まえて計画した第二次総攻撃が開始された。
![]() 突撃ィィィ〜!
![]() 第二次総攻撃は、子供まで戦闘に参加させるという総力戦になった。
![]() そして、ついに要塞にパルサン槍を突き刺した。
![]() 目的を果たしたパルサン決死隊は、すぐに計画どおりジグザグに撤退。
![]() ![]() 1789年、フランス国民は、フランス革命に命を捧げた。
![]() 2013年、暮露暮露は、陸奥の建国に命を捧げる。
![]() ![]() 11月26日、17:00、第三次総攻撃を開始。
![]() 見張りの蜂はいない…。気配もない…。ふふふ、間違いない。ミツバチは全滅した!
![]() 新政府は、とうとう開戦以来の悲願であった百九十一高地山頂の占領を成し遂げた。
![]() ハハハハハ!勝った!それ〜、ブルーシートをはがせ〜!要塞の中は、ミツバチの死骸でいっぱいだぁ〜!。
![]() ガバッ!
![]() 使用済みのパルサン槍だ!よく頑張ったぞ!ミツバチの死骸、死骸と…。
![]() ん〜、おかしい…。一匹の死骸も無い…。え?こ…、このマーブル模様は!
![]() スズメバチの巣だぁ!ミツバチの要塞だと思っていたら、スズメバチの要塞であった。
![]() ん〜、スズメバチの巣と椅子が一体化している…。
![]() 地面に置いてあった鎌とも一体化している。
![]() ん〜、すごい…。
![]() すでに巣を捨てた後であった。
![]() 四角に凹んでいるのが、椅子と一体化していた部分。
![]() 崩れている部分から中を見ると、小さな部屋に区切られているのが分かる。実に効率的なアパート経営である。
![]() サンダルと比較すると、巣の大きさが分かる。
![]() 美しい模様の芸術的な巣ではあるが、意外にもろく、すぐに崩れてくる。
![]() こんな感じ。
![]() 椅子と机を撤去。完全に要塞を解体した。
![]() 2014/04/28
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![]() 前の会社に勤務していた時、私は、ある半導体の工場に配属になったのだが、その工場に、廃棄物関係の協力会社として勤務していた I さんという事務職の方がいた。 I さんの会社は、廃棄物のトラック輸送を主な仕事にしているのだが、その会社では、50歳になると、社員の健康を考えて、トラックの運転手から事務職に異動することになっている。ところが、 I さんは、「事務職になると給料が下がってしまう。俺には、これから金がかかる小学生の息子がいるから、このままトラックの運転手を続けさせてください」と会社に願い出た。しかし、これを知った奥さんと息子さんは、「絶対にやめて!」と言って怒ったという。 I さんは、家族の為に無理をして金銭を稼ごうとしたのだが、家族が最も望んだものは、“パパの健康”という最もシンプルなものであった。ただそれだけの話なのだが、尊い話だと思ったので記述しておくことにした。 2014/05/06
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![]() ![]() ![]() 人の顔?
![]() 人の…。
![]() 顔…。
![]() あっ!こ、これは!
![]() ![]() ![]() ん〜、見れば見るほど、そっくりだ…。
![]() 以前は、こんな感じの畑だったが、上の段に三つの石を設置した。
![]() ![]() その畑に、キュウリ・ナス・トマト・ダイコンの種を蒔いた。
![]() ![]() ![]() こんな感じ。
![]() 完璧!これで長さんも満足するであろう。
![]() 私が長さんへの貢物の農作物を畑に植えていた頃、湾岸署の会議室では事件の処理に追われていた。
![]() ![]() ちょうどその頃、陸奥の国の会議室では、この畑の名称を何にするかで議論を重ねていた。
![]() ![]() 2014/05/22
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![]() 上の写真は、私のマンションの近くの道にある支柱である。先日、某有名会社のトラックが作業を終えて出発した時、私は、そのトラックが支柱を完全に踏み倒したのを目撃した。そのトラックの運転手さんは、自分が支柱を踏み倒したことには気づいたのだが、知らん顔をしてその場を立ち去ってしまった。その運転手さんの悪い姿勢にも驚いたのだが、私がもっと驚いたのは、トラックに踏み倒されてペシャンコになったはずの支柱が、わずか1〜2分で復元してしまったことであった。何という高い技術力であろうか。すぐにネットで検索してみると、この支柱は“ジスロンパイプ”というものであり、「@変形しても復元するA人や車に接触しても、人や車を傷つけないB老朽化したら回収し、何度でも同じ製品にリサイクルできる」という特徴があることが分かった。 昔、政治評論家であった故・三宅久之さんが、多くのIT企業が急成長し、世の中が、「これからはITの時代だ。日本の“物作り”はもう古い」という風潮にある中、これらの主張に真っ向から反論し、「日本は物作りの国だ。物作りの国が物を作らなくてどうするんだ!」と怒っていた。その通りである。誰からも気にも留められずにひっそりと街角に立っている支柱を見れば、日本国と日本国民の意識が見えてくる。街角の支柱にさえ高い技術力を駆使し、公共の利益に貢献しようとしている。日本人の意識の繊細さ、勤勉さ、技術力の高さ。これは世界に誇れるものである。もし今、私が若く、人から、「あなたは、将来、どんな職業に就きたいですか?」と問われたら、私は迷うことなく、「職人です」と答えるであろう。やっぱり凄いぞ! Made in Japan ! 2014/05/29
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![]() 上の写真は、明治時代に発行された二十圓金貨幣である。法律によって旧二十圓金貨幣と新二十圓金貨幣に区別されている。私は古銭が好きなので、先日、ネットでいろいろ調べていたところ、保存状態にもよるが、現在、この金貨は、旧二十圓金貨幣が数百万円〜千数百万円、新二十圓金貨幣が数十万円〜数百万円で取引されていることを知った。私の母方の祖父は、“日存上人”という檀家さんから慕われていた心の優しい住職であったのだが、私が子供の頃、この金貨を何枚も持っていた。ある日、祖父が、虫歯の治療のために行った歯医者から帰ってきて、「貧乏だから金歯を買う御金がない。たまたま昔の金貨があったから、それを溶かして金歯にしてもらった。これで美味しく御飯が食べられる」と言って喜んでいた。子供だった私は、「おじいちゃん、良かったね♪」と言って一緒に喜んだのだが、今、改めて尊敬する祖父に一言だけ言いたい。 ↓
↓
↓
![]() バ〜カ!
2014/06/11
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![]() 上の写真は、サッカーのイタリア代表のマリオ・バロテッリ選手である。私はサッカー観戦が好きなので、今回のワールドカップ・ブラジル大会の試合を全て録画して観ている。先日、録画していたイタリア代表の試合を母と一緒に観ていたのだが、バロテッリ選手を見た母が、昔、誰かから聞いた話を思い出して、私に話してくれた。ある日、ある黒人の母親が買い物から帰ってくると、まだ幼い自分の子供が必死に手を洗っていた。そして、「ねぇ、ママ…。何で僕の肌は黒いの?石鹸で何回も洗っているのに白くならないんだ…」と母親に言ったという。某国での人種差別の話である。 私の母方の祖父は山梨県で住職をしていたのだが、太平洋戦争前、その寺の近くに朝鮮半島から来日した朴さんという方が、家族六人(父・母・子供四人)で生活していた。しかし、朴さんの家族は、朝鮮人という理由で周囲の里人たちから蔑まれ、子供たちも、毎日、学校でいじめられていた。ある日、朴さんの子供が、上級生たちから、「お前、名前は何て言うんだ?」と聞かれたのだが、朝鮮人だと知られるといじめられるので、その子供は、何も話さずにじっと下を向いて黙っていた。偶然、そこに私の母が通りかかり、「その子は、“金子さん”だよ。恥ずかしがり屋だから黙ってるだけよ」と言って助けると、その上級生たちは、「何だ、朝鮮人じゃないのか」と言って去っていったという。また、ある日、私の祖母が、「この米…、虫がついてるんだけど…、もらってくれる?」と言って、寺で余っていた米を朴さんにあげようとしたところ、朴さんは、「大丈夫!大丈夫!アリガトウ、アリガトウ」と言って、喜んで米を受け取ってくれた。朴さんの家族は、いつも優しい言葉をかけてあげた私の祖母に、死ぬまで感謝し続けたという。 差別は根の深い問題である。誰の心の中にでもある醜い部分なので、どうしても目をそらしてしまって真摯に向き合うことができない。大きな団体が差別を根絶するための活動をすることも大切だとは思うが、私の祖母や母のように、自分の身近で差別されている人間を助けるという活動の方が効果が大きいようである。なぜなら、差別を根絶する活動は、他の人間との闘いではなく、自分自身の心の中にある恥部との闘いなのだから。差別をするのは、自分の心の中に闇の部分があることに気づかず、または認めず、その誤った認識を基準に物事を判断する人間たちである。自分の心の中に闇の部分があることを明確に認識し、それに打ち勝つことのできる強い人間が増えれば、いつか差別が根絶される日が来るかもしれない。 2014/06/24
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![]() 私は、自分自身の置かれている経済状況を把握する為、かなり細かく家計簿をつけているのだが、今月、初めて赤字を出した。私の母は、今年で八十歳になる。最近、もの忘れが激しくなり、歳をとると寂しくなるのか、私が会社に出勤する時、玄関まで見送りにきて、寂しそうな表情をするようになった。「まぁ、歳を取るとそうなるのかなぁ…」とも思うので、私はできるだけ母の側にいるようにしている。その為、私は、1ヶ月に9日しか働いていない。勤務日数が少ないので、給料は安く、毎月、ギリギリの生活をしているが、その代わりに1ヶ月に20日以上の休日を確保している。つまり、金銭的にギリギリの生活をする代わりに、しばしば母を家庭菜園に連れて行くなど、その世話が可能になっているのである。母は、私が買った山での家庭菜園が気に入っており、「この土地は良いねぇ。お前、買って正解だったよ。ありがとう。ありがとう」と言って、日が暮れるまで土いじりを楽しんでいる。今のような生活スタイルを続けている限り、将来、赤字が膨らんでいくことは明白である。しかし、私は、そのようなことは少しも気にしてはいない。それは、子供の頃、母方の叔父と将棋をした時の記憶によるものである。 上の図は、飛車と角行という将棋の駒の動ける範囲である。この二つの駒は、たいへん広い範囲を動けるので、相手の王を詰む為には絶大な力を発揮する。“詰む”とは、相手の王を逃げられない状態にして対局に勝つことである。ある日、私と叔父が将棋をしていた時、私の飛車と角行が攻められて危なかったので、私は、必死に二つの駒を逃がし続けた。しかし、そうこうしているうちに、王が詰んで対局に負けてしまった。叔父は笑いながら私に次のように言った。「ハハハ、飛車と角行がそんなに大切か?お前が飛車と角行を守っているうちに、お前の王は危険な状態に陥った。確かに飛車と角行は大切な駒だが、それらを守って王が詰んでしまうのは本末転倒だ」と。若くて未熟だった私は、対局の全体的な状況を見ることなく、目先の有用な駒を失うことを恐れた為、その対局に負けてしまった。その時、場合によっては、有用な駒を捨ててでも、手にしなければならないものがある事を学んだのである。 今、私がしなければいけないことは、目先の金銭を稼ぐことではなく、いかに自由に使える時間を多く確保するかである。その為には、少々、家計簿が赤字になっても気にする必要はない。全体の状況を把握し、将来の方向性を決めた上で、今、自分が何をすべきかを考えて、それを実行するだけである。将棋の勝ち負けは客観的に見て明白であるが、人生の勝ち負けは将棋のそれとは少し違っている。私が人生の勝ち負けを判断する基準は、自分自身の感性である。私が死ぬ時、金銭ばかりではなく、自分の経験した全てのことを総合的に熟考した結果、プラス・マイナスがゼロ以上であると自分で納得することができたなら、それは、私の勝ちである。他人の感性は関係ない。自分が勝ったと思えば勝ちだし、自分が負けたと思えば負けなのである。その為、私の言う人生の勝ち負けでは、全員が勝つこともあれば、全員が負けることもある。 2014/07/05
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![]() ![]() 父の石、通称“長さん復活の石”も立派に安置できた。
![]() 母が土地に彩りを与える為に、いろいろな花を植え始めた。
![]() これは、シャクナゲ。
![]() これは、ベゴニア。
![]() これは、マリーゴールド。
![]() こんな感じ。長さんも満足しているであろう。
![]() 踊る大農作物畑には、長なす・地這きゅうり・時無し大根・中玉トマトの種を蒔いた。
![]() ![]() それぞれの植物は順調に生長したのだが、最近、ハッと気づいたことがある。それは、角度である。
![]() ![]() ![]() どうしてそうなるのかを考えた末、私は、あまりにも恐ろしい秘密に気づいてしまった。
![]() それは、長さんの唇の角度と同じだということである。
![]() ん〜、完全に一致している…。
![]() ![]() オーホッホッ♪ ξ\(^。^ ))))) チョンマゲ〜!
![]() 母と私は、収穫した野菜と共に、長さんの呪いをも食い尽くしてしまうという、恐ろしくも力強い親子であった。
![]() 2014/07/26
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![]() ![]() 2014年4月7日、去年、ホームセンターから買ってきて植えた梅が完全に根付いた。
![]() おっ!蕾が出てる〜!
![]() 2014年4月14日、お〜!梅の花が咲いた。
![]() 春は、もうすぐだ。
![]() ![]() ん?
![]() へ〜、そうだったのか…。
![]() ふふふ…、ほれっ、頑張れ。
![]() もう少しだ。頑張れ、頑張れ。
![]() よし!良くできました。
![]() ん〜、今日も一日、勉強になった。楽しかったぁ〜。
![]() ![]() 2014/08/11
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![]() ![]() その女王蜂は、上の写真の赤丸のあたりに姿を消した。
![]() ![]() ![]() こんな風になってしまった年もあった。
![]() 後日、女王蜂を目撃した周辺で小動物の糞を発見。
![]() ![]() ![]() ![]() 先ずは、軍事要塞を建設する為の土地の整備にとりかかった。
![]() 政府は国民を総動員して資材を山頂まで運ばせた。
![]() これが山頂に運ばれた資材の一部。
![]() この単管パイプの先に…。
![]() このようなものを付けて杭にして地面に打ち付ける。
![]() 先ずは単管パイプで大枠を作った。
![]() 次に細かい部分を単管パイプで補強してから、90×90×3000mmのしっかりした木材をパイプに固定。
![]() あとは板を釘で打っていくだけ。
![]() 完成。
![]() おぉ〜!完璧!
![]() ん〜、良い眺めだ!
![]() 単管パイプを組み立てた時、本来は、上の写真のようになるのだが、間違えて…。
![]() こんな風にしてしまった…。でも、細かいことは気にしない気にしない。
![]() おぉ〜!素晴らしい!自然の中にある舞台だ!広さは四畳強といったところ。
![]() ![]() Let it go ! Let it go !
![]() Here I stand in the light of day ….
![]() 踊りを踊れるほど広くなかった…。
![]() 以前、職場からもらってきた木材を使って薪置きを作った。
![]() 風で飛ばされないようにしっかりと石で固定。
![]() 完成。あとは薪を積み上げていくだけ。ここに簡易的な釜戸を作る予定。
![]() 百九十一高地は、それぞれの思惑がひしめく不安定な地域と化していった。
2014/08/30
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![]() ![]() このような状況では蛇が近くにいても気づかないので、突然、襲われて噛まれる可能性が高くなる。
![]() ![]() ![]() ん?巣の中に幼虫がいる。
![]() これが幼虫。もしこれが大きくなっていたら…。
![]() こうなって…。
![]() 脱皮して…。
![]() 成虫になって…。
![]() 最後はこんな風になり、大惨事になったであろう。
![]() ふぅ〜、危なかった…。
![]() ![]() ![]() 第一段階は実山椒(=みざんしょう)と呼ばれ、佃煮などにして食べる。
![]() これが第二段階。
![]() ![]() ![]() 2014/09/27
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![]() 昨年、池の底が抜けてしまったので、作り直すことにした。
![]() 前に作った池は完全に壊した。
![]() ![]() これがそれ。少量だが、放置しておくと水たまりになってしまう。
![]() 湧き出している水をパイプで迂回させ、完全に池の水を抜いた。
![]() 以前に作った池の堤は、幅が約1メートルと狭かったので底が抜けてしまった。
![]() 今度は、底が抜けないように幅を約3メートルにし、堤の両側は切り株で土留めした。
![]() 池の底の土を掘って深くした。
![]() 堤の両側を切り株で土留めし、間を土で埋める。同時に池の水を逃がすパイプも埋める。
![]() 池に水を流して底が抜けていないかを確認。とりあえず水は漏れていない。
![]() おぉ〜。
![]() パイプを使って高低差をつけ、水の音が大きくなるようにした。
![]() あとは、どんどん堤を土で埋めていくだけ。
![]() 大量の土を必要とするので、土が足りなくなり現在も未完成のまま。無理をせずに少しずつ埋めていく予定。
![]() しかし、池の水を逃がすことには成功した。堤が未完成でも水は漏れていない。
![]() 池の周囲に土留めをして土が崩れてこないようにした。
![]() おぉぉ〜。
![]() 時間をかけて少しずつ堤を高くしていく予定。そうすれば池の水位が高くなり、魚を飼うことができるようになる。
![]() おぉぉぉぉぉぉぉぉ〜!風流ぞな風流ぞな!庭園じゃぁぁぁぁ〜!
![]() ![]() エサの時間だよぉ〜。
![]() おえっ!気持ち悪っ!
![]() ついでに、もう一つ堤を作って…。
![]() 第二の池を作った。
![]() こんな感じ。
![]() 第一の池と第二の池で魚を養殖し、建設予定の缶詰工場で加工して販売する予定。
![]() ![]() 2014/10/17
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![]() ![]() これが初めて作った百九十一高地への階段。そこら辺に横たわっていた丸太などの木材を利用して作った。
![]() こんな感じ。
![]() 現在は、木材が腐食して崩れているものもある。
![]() ![]() これが階段を作る為に購入した木材。
![]() 上の図のようにして階段を作る。
![]() 百九十一高地の山頂から下に向かって作っていく。
![]() これは、途中にある邪魔な切り株。
![]() しかし、よく見てみると、蟻などに食べられてボロボロになっていた。
![]() ![]() ひたすら同じ作業の繰り返し。
![]() こんな感じ。
![]() ふぅ〜、たいへんな作業である。
![]() もう少しで完成。
![]() 完成!
![]() 階段を上から見たところ。
![]() ![]() ![]() こんな感じ。
![]() ![]() 私が成人するまでにかかった養育費の請求書を、母から突きつけられた。
![]() ま、負けた…。
2014/10/23
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![]() 今回は、上の段の平地と下の段の平地の話です。
![]() 現在、家族石が安置してある場所は、昨年までは畑であった。
![]() ![]() 犯人は、赤丸のカブラハバチの幼虫である。この害虫がダイコンの葉を全て食べてしまった。
![]() ネットで調べたところ、この害虫の天敵はカエルだということが分かった。
![]() ん〜、君たちに頑張ってもらうしかない…。
![]() おぉ〜い!寝てないで働こうよぉぉぉぉぉぉ〜!しかし…、少しカエルの数が少ないような気がする…。
![]() そういえば、毎年、蛇の抜け殻を多く見かける。
![]() 上の写真の抜け殻は、途中で切れて二本になっているが、一匹の抜け殻である。
![]() この抜け殻は、顔の形まではっきりと分かる。
![]() ![]() ![]() ![]() 陸奥之国は、昨年の百九十一高地の戦いに続き、またしても自国の要塞を攻撃することになった。
![]() 政府は、軍隊を二つに分け、第一部隊に要塞を破壊させ、第二部隊に蛇を攻撃させる作戦をとった。
![]() ![]() 平成26年7月13日、第一部隊が要塞の丸太の破壊を開始。
![]() 上の段の平地の丸太を破壊!
![]() 下の段の平地の丸太を破壊!
![]() おぉ〜!作戦成功!これで蛇は隠れることができなくなった。
![]() そして、第二部隊を前線に投入。いよいよ蛇との接近戦になった。
![]() あっ!蛇だ!
![]() ![]() 現在、陸奥之国は乱世の時代。同じく核戦争後の乱世を描いた漫画“北斗の拳”のようになってきた。
![]() 一体、どうなってしまうのかぁ〜!次回に続く。
2014/11/12
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![]() いよいよ、核戦争後の乱世を描いた北斗の拳のように、人間対蛇の壮絶な戦いが…。
![]() 始まった!
![]() 蛇に近づいて棒で頭を叩こうとすると…。
![]() え?蛇が危険を感じて、ふり向いた!
![]() ひぃぃぃ〜!恐ッ!
![]() ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!
![]() ふぅ〜。
![]() ひっくり返って、グッタリしてる…。
![]() 死んじゃった…。
![]() この事態を重くみた政府は、再度、人道主義を徹底するように通達を出した。
![]() しかし、その後も蛇は現われ続け…。
![]() 一匹目…。
![]() 二匹目…。ん〜、ウジャウジャいる…。
![]() 今度は、二匹が同時に敵となり…。
![]() また、蛇が危険を感じて、ふり向いた!
![]() ひぃぃぃ〜!恐ッ!
![]() この!この!この!この!この!この!この!この!
![]() この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!
![]() この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この! この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!
![]() この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この! この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この! この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!この!
![]() ふぅ〜。
![]() ハッ!し…、しまった!
![]() また死んじゃった…。
![]() さらに、今度は血だらけ…。
![]() しかも、強く叩きすぎて、棒が折れた…。
![]() ![]() 北斗の拳でも、多くの戦士たちが死んでいった。
![]() 私の心の中で生きよ!勇敢に戦った戦士たちよ!
![]() 因みに、カエルが害虫を食べてくれたおかげで、今年はダイコンが豊作であった。しかし、今度は…。
![]() 増えすぎたカエルに困っている。自然のバランスって難しい…。
2014/12/04
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