伝承之蔵 Spin off
伝承之蔵 Spin off


2020年は、世界中が新型コロナウイルスに振り回された年であった。しかし、よくよく暮露暮露は考えた。「このウイルスに振り回されたのは人間の世界だけではなく、ネコの世界も同じてあった。この事実を後世に伝えなければならない」と。

新型コロナウイルスによって、ネコたちの入店は制限された。


入店が制限されなかった店でも、検温が義務づけられ…。


さらに、ソーシャルディスタンスも義務づけられた。


新型コロナウイルス不況で灯油を買う金もなくなり…。


急須で暖をとっていたのだが…。


とうとう派遣契約を打ち切られて、寮を追い出されるネコも出始めた…。


あるネコは、新型コロナウイルス不況に負けずに就職活動をして…。


すぐに正社員になった。


また、あるネコは、勉強して資格をとり…。


人間たちが真面目にリモートワークをしているかを監視する仕事に就いた。


人間たちが仕事をサボろうとしてスマホに手を伸ばすと…。


「ちょっと待て! それは仕事ではなく遊びだよなぁ!」。


「さぁ、早く仕事に戻るんだ!」。


しかし、どんなに努力しても就職できなかったネコたちの中には…。


人間の世界のSМというプレイにはまったり…。


あいさつをしないネコに、「ここは、“あいさつ通り”だぞ。ちゃんと、あいさつをしろ!」と厳しく責めたてる、“あいさつ警察”になったり…。

1974年、人間の世界でヒットした“エマニエル夫人”という映画の…。


マネをするネコたちが、なぜか急増した。


さらに…。


心が荒廃するネコが増加し…。


他のネコの幸せを踏みにじるネコも出始めた。


「お二人さん! ちょっとゴメンよ!」。


新型コロナウイルスによるストレスは、クリスマスにも及び…。ネズミにもプレゼントをしていた優しいネコたちが…。

サンタさんを威圧するまでに心が荒廃した。


そのような世の中を嫌う一部のネコたちは自然に溶け込み、厳しい現実から逃避した。


中には、完全に自然と同化できるネコも現われた。


さらに、新型コロナウイルスによってネコの世界は乱れ…。


悪行が横行した。


その悪行の決定的な証拠を突きつけられて…。


自らの罪を認めて反省するネコもいれば…。


逆に、開き直るネコもいた。そして、さらに、そのようなネコたちの悪行を厳しく追及すると…。


不良ネコになった…。


不良ネコになったネコたちは逃亡し、追手の追跡を回避しながら…。


ひっそりと身を隠して生活した。


余談ではあるが、人間たちが逃亡した不良ネコを捕まえ、食肉用として販売したのはこの頃である。因みに、宮城県では甘口・中辛・辛口に分類して販売されていた。

これに激怒したネコ側は、一斉に人間に反撃し…。


人間側も、これに応戦した。


2020年、新型コロナウイルスによって混乱したのは人間の世界だけではない。ネコの世界は、もっと混乱していたのである。

この顛末をまとめたのが…。ネコ+コロナを題材にした、“ネコロナ騒動記”である。


2021年こそは、みんなが幸せになる年でありますように♪ あけましておめでとうございます。


  2021/01/01  




現在、陸奥之国の畑は、上の図のようになっている。来年は、今年よりも農作物の収穫量を増やしたいので、防護柵を土留にして…。

畑を拡張することにした♪


そして、新たにイノシシ除けの防護柵を設置する予定。


まずは、藤棚の下から整備することにした。


防護柵の下に隙間があるので、その隙間を廃材で塞ぐ。


こんな感じ♪ あとは土で埋めるだけ♪


母は言った。「頑張ってね♪」と。手伝う気持ちはないらしい…。


少しずつ埋めていく。


少しずつ…。少しずつ…。


2時間が経過したのに…。


たったこれだけ…。


それでも頑張った♪


それでも…、たったこれだけ…。


次は、こっちを整備♪


草を伐採して…。


防護柵の横に移動させる。


こんな感じ♪


ん〜、さっきからずっと同じ場所にいるが…。


何をしているんだ?


藤の根を引き抜こうとしているようである。藤の根は…、しつこいよぉぉぉ〜♪


草の伐採が終わったら、木の根を引き抜いて防護柵の横に移動させる♪


こんな感じ♪


ずいぶん綺麗になった♪ あとは土を寄せていくだけ♪


どんどん土を寄せて、伐採した草や引き抜いた木の根を埋めていく。


上の写真の赤い矢印の部分には、防護柵がない…。


そのため、廃材を利用して土留にした。


こんな感じ♪


あとは、どんどん土を寄せていくだけ♪


おぉぉぉ〜! なかなかのものになってきた♪


ん〜、切り株をどうするか…。Bは、そのまま埋めるとして…。


@とAは、なんとか引き抜けそうである。まぁ、ゆっくり作業することにする♪


  2021/01/10  




2020年12月24日、陸奥之国は雪に覆われていた。


これで、2021年の3月ごろまでは作業ができない。


まぁ、これはこれで美しい♪ 冬の間は、ゆっくりと休むことにする♪


雪が積もると、いろいろな動物の行動が判明する。


上の写真は、足跡とフン。


この足跡は、鳥だと思われる。


しかし、このフンは、鳥にしては大きすぎるような気がする。しかも、フンの周辺には鳥の足跡しかない。ん〜、鳥がフンをくわえてここまで運んで来たといったところであろうか?

これは、お隣のSさんが作った防護柵。


足跡がある…。


どうやら、この防護柵を飛び越えたようである。恐らく、カモシカであろう。


これが、その足跡。雪が積もった後にカモシカが通り、その後に、再度、雪が積もったと思われる。


雪の中の足跡を見ると、かなり広範囲で活動しているようである。


ん? なんだ…。この足跡は?


ほぼ垂直に穴があいている…。


しかも、その間隔は等間隔で、人間の歩幅と同じくらいである。


想像図を描いてみた。もしかしたら、恐ろしい生命体がいるのかもしれない。


足跡を追ってみると…。


確かに、恐ろしい生命体であった。


穴の大きさと、杖の先の大きさが一致♪


ぷぷぷ…。陸奥之国は、今日も平和であったとさ♪ めでたし、めでたし。


追記です。2021年1月16日、中央階段の前でイノシシの足跡を発見。なぜかは分からないが、暮露暮露庵の前でウロウロしてからUターンしている。

これが、イノシシの足跡。


上の写真は、中央階段の上から撮影したもの。写真では分かりにくいかもしれないが、畑の中にイノシシの足跡があった。とうとう入られてしまった…。

畑だけではなく、周辺にはイノシシの足跡が無数にある。


イノシシの足跡から推量すると、南側の山から来たイノシシは、陸奥之国を通って北側に向かっているようである。

そして、もう一種類の足跡があった。


恐らく、キツネ・タヌキ・ハクビシンなどの小動物であろう。


面白いことに、雪の上を歩いてきた小動物は、いったん土の上を歩いてから、また雪の上を歩いている。何か食べ物を探していたのか、ただ雪の上を歩くのが冷たかったのか。ぷぷぷ…。やっぱり小動物も寒いのかも♪

  2021/01/18  





【 新型コロナウイルスに関する感想 12 】

    上の写真は、2021年1月7日、新型コロナウイルス感染症に関して、緊急事態宣言を発出した菅義偉 内閣総理大臣である(=すが・よしひで=72歳)。「緊急事態宣言の発出が遅い! 遅すぎる!」という主張もあるようだが、新規の感染者数が少ない段階で緊急事態宣言を発出していたら、多くの国民が外出を自粛してくれていたということなのであろうか? 新規の感染者数が激増している現在でも、多くの国民が外出を自粛していないのに。この緊急事態宣言に限らず、冷静に考えてみれば、「トンチンカンなことをしてるなぁ…」と思われることが意外に多いことに気づく。

    例えば、「新型コロナウイルスによって重症化するのは65歳以上の方が多いんです。この高齢の方たちを守らなければなりません。20〜30代の若い方たちは外出を自粛して、感染しないように気をつけてください。若い方たちから高齢の方たちに感染させないように、自覚ある行動をお願いいたします」と主張される方たちがいるが、高齢の方たちには年金が支給されている場合が多いので、仕事を辞めて外出を自粛することも可能なのであろうが、若い方たちには年金が支給されていないので、仕事を辞めることができない。働かなければ生活することができないからである。働いていればストレスも多く、それを発散する場所も必要になってくるであろう。私は、現在でも若い方たちは十分に我慢していると思うが、その我慢にも限界というものがある。これ以上、若い方たちの、そのような行動を制限するのであれば、高齢の方たちは、自身の年金を減額し、その減額した分を若い世代に配分して、外出を自粛しても生活することができる環境を整えてあげなければならない。自分たちの世代の生活と健康だけではなく、全ての世代の生活と健康を議論し、それを着実に実行しなければならないのである。自分たちの年金は減額せず、そのままの生活と健康を望みながら、若い世代に高齢の方のための自粛を一方的に要請するという姿勢は、いかがなものであろうか。このようなことに限らず、今の私たちの言動は、20年後、30年後の未来から見ると、ゲラゲラ笑ってしまうようなものが多いのかもしれない。私たちは、山積していた問題に関して無関心であった。その山積していた問題を先送りした結果が、現在の新型コロナウイルスによる混乱である。しかたがないことだとは思うが、もう少し冷静な判断ができないものかとも思う。

    新型コロナウイルスの問題は、当然、ウイルスの問題なのであるが、同時に、私たち日本人の社会全体の問題でもある。私には、菅さんが積極的に緊急事態宣言を発出したとは思えない。もしかしたら、私たち国民の無自覚な圧力によって、発出せざるを得なくなったのかもしれない。菅さんの決断の問題だけではないのに、自分自身に都合の悪い問題を隠しながら、菅さんに全ての責任をなすりつけようとするのは、恥ずべき行為である。携帯電話の料金の改定・NHKの受信料の改定・2021年9月1日に設置が予定されているデジタル庁・韓国の地方裁判所における元慰安婦への損害賠償を命じる判決に対する毅然とした態度。菅さんは、誠実に一つ一つの問題を解決しようとしている。私たちは、菅さんの成果に対しても目を向けなければならない。新型コロナウイルスによるイライラを、菅さんだけに向けるのではなく、自分たち自身の不甲斐なさにも向けなければならないのである。菅さんには、支持率の低下など気にせず、自分が信じた道を誠実に進んでほしい。

  2021/01/24  





【 新型コロナウイルスに関する感想 13 】

    今回の新型コロナウイルスによる混乱では、人間の命というものに関して考えることが多かった。メディアの報道によると、「人命を最優先に!」「人間の命ですから!」「一人でも多くの尊い命を救いたい!」という主張が多いように思うが、私たち人間の実際の行動は、その主張とは少し違うように感じる。2021年1月20日現在、新型コロナウイルスによって死亡した日本人の数は4778人であるが、「新型コロナウイルスが恐い!」と言って大騒ぎしているわりには、その行動はズボラである。

    私たちは、「新型コロナウイルスで死ぬのが恐い!」と主張し、当然のように、飲食店の夜間営業の自粛だの、外出の自粛だの、さまざまな制約をして自身の経済に大きな打撃を与えている。ところが不思議なことに、年間、約300人が餅を喉に詰まらせて死んでいるのに、「餅の販売を禁止しろ!」とは主張せずに、「美味しい♪」と言って平気でバクバク食べている。せっかく、消費者庁が、「食物が原因で窒息死した65歳以上の高齢者の数は、年間、約3500人です。中でも、平成30年〜令和1年を分析したところ、年間、約300人が餅を喉に詰まらせて窒息死しています」という主旨の注意喚起をしてくれているにもかかわらずである (ここをクリックすれば当該資料を閲覧できます)。

    前述のように、現在までに新型コロナウイルスによって死亡したのは4778人であり、餅での窒息によって死亡したのは、年間、約300人である。「死亡した人間が、4778人と300人では数が違う! 数が多い方を優先するのは当然だ!」というのであれば、人工妊娠中絶の問題はどうなるのであろうか? 国立社会保障・人口問題研究所のウェブサイトによると (ここをクリックすれば当該サイトを閲覧できます)、 2018年の人工妊娠中絶の件数は、161741件である。たった一年で、新型コロナウイルスによって死亡した人数の約34倍の人間が死亡している。新型コロナウイルスに関する報道では、「エビデンスはあるのか、明確なエビデンスを出せ!」(エビデンス=evidence=証拠・根拠、証言、形跡など)との主張が見られるが、人工妊娠中絶に関しては、約16万人という明確なエビデンスがある。それにもかかわらず、私たちは、この人工妊娠中絶という深刻な問題に関して、現在でも無関心である。それどころか、エビデンスが明確ではない未知のウイルスに関しては、異常なまでに高い関心を示している。人工妊娠中絶の問題は、自分が死ぬわけではないので、関心が高くないということなのであろうか? もしそうなのであれば、私たちの「人命を最優先に!」という主張は、空虚であり、かつ、偽善に満ちあふれた主張ということになる。近年、科学は日進月歩であり、私は、自分たちが科学に基づいて生活していると思っていたのだが、もしかしたら、実際は、「ただ何となく、そんなような気がする…」という実に曖昧な直感だけで生活していたのかもしれない。残念なことではあるが、私たち人間の現在の実力は、その程度のものなのであろう。

    ふと、昔、私の母方のN叔父と一緒に、何かの大きな工事で多数の死傷者がでたというニュースを見ていた時のことを思い出した。その時、N叔父は私に、「この工事を計画した人間は、『このくらいの大きな工事なら、このくらいの死傷者がでるだろうから、このくらいの保険金をかけておこう』など、すべて計算に入れて計画してるんだぞ」と教えてくれた。まだ小学生だった私が、「ひどいことするね。かわいそうだよ」と言うと、N叔父は、「そうだな…、ひどい話だな」と言ってニコニコ笑っていた。現在、私は、「人間の命は尊いんです! すべての人間を助けたい!」という正論を主張する人間を信用しない。私が信用するのは、「たとえ人命を失うことが心配されながらも、できる範囲内で人命を尊重し、できるだけ多くの人間の利益を追求する」という行動をする人間である。私も、当時のN叔父の歳に近づいている。困ったことに、現在の私は、当時のN叔父よりも手が込んでいる。

  2021/02/02  




    先月、積雪のために山の畑で遊べない母の楽しみとして、ホームセンターでボケの盆栽を買ったのだが、満開のボケの花を見て、母は大喜びであった。しかし、やがて満開だった花も散り、母がガッカリしていると、先日、季節外れのボケの花が一輪だけ咲いた。上の写真がそれである。私は、「花の世界にも、寝坊助がいるんだなぁ〜」と思って見ていたのだが、ふと、このボケの花と私自身が重なった。

    私は、子供の頃から動作が鈍く、他人から遅れて行動することが多かったため、いつもバカにされる存在であった。学校の成績も下位であり、さらに、頑固で協調性もなかったため、多くの人間から疎まれていた。そのためなのであろうか、私は、現在でも孤独を好む人間である。しかし、その私も今年で53歳になる。よくここまで生きてこれたものである。この季節外れのボケの花を見ながら、「最後の最後に咲き、こんなにも人間の目を楽しませているボケの花も良いものだなぁ」と思う。

    「動物が死ぬと、その魂はあの世に帰り、再び、その魂はこの世に生まれる」。これを、輪廻転生(りんねてんせい=りんねてんしょう)という。50年も生きている間には、他人の華やかな人生を羨んだこともあったが、現在では、「もう一度、人間に生まれ変われるとしたら、また自分でも良いかな♪」と思えるようになった。ただそれだけの話であり、特に深い意味はない。単なる日常生活の1コマを書いただけである。

  2021/02/10  





【 認知症と向き合う 14 】

    今後の認知症の研究のためになればと思い、また、認知症の患者を家族にもつ方たちの参考になればと思い、認知症の母を介護している私が、見たままを、感じたままを、そのまま記述して記録に残すことにした。

    現在の介護保険制度では、国の要介護認定の審査で要支援(日常生活に支援が必要な場合)や要介護(常に介護を必要とする場合)と認定されると、デイサービスなどの介護サービスを利用することができるようになる。そして、その要支援や要介護は、さらに、「要支援1・要支援2」と「要介護1・要介護2・要介護3・要介護4・要介護5」に分類される。私の母も、3年前に医師から認知症と診断され、この要介護認定の審査によって要介護2に分類された。ところが、昨年の11月、この要介護認定の更新の審査によって、要介護2から要介護1へ分類が下げられてしまった。「アルツハイマー型の認知症は特効薬がないので、年々、症状は悪化していくのに、なぜ分類が下げられるんだ?」と思って調べてみたところ、厚生労働省のウェブサイトに、「要介護認定は、介護サービスの必要度(どれ位、介護のサービスを行う必要があるか)を判断するものです。従って、その方の病気の重さと要介護度の高さとが必ずしも一致しない場合があります」との記述があった (ここをクリックすれば当該サイトを閲覧できます)。 つまり、「現在、私の母が通っている介護施設と私で、ほぼ完全な状態で認知症の症状を抑え込んでいるので、要介護2ほど介護のサービスを利用する必要がない」と判断されたということである。

    ここで問題になってくるのが、2年後の要介護認定の更新の審査で、要介護1から要支援2へ分類が下げられると、私は、深刻な事態に直面することになるということである。具体的には、現在、私の母が通っている介護施設は、要介護1以上であることを条件にサービスを利用することができるので、要介護1から要支援2へ分類が下げられた瞬間、現在、通っている介護施設の利用ができなくなる。つまり、それまで5年間もコツコツと積み上げてきた環境が、一瞬にして消えてなくなるのである。そればかりではなく、要支援2では、要介護1と比較して介護サービスの利用時間が減少するため、デイサービスを週2日しか利用することができなくなるので、私は、その生活スタイルを劇的に変化させる必要に迫られる。

    以前は、月・水・金曜日にデイサービスを利用していたので、月・水・金曜日の週3日、10:00〜16:00までパチンコ店で清掃のアルバイトをしていた。しかし、母が介護施設の雰囲気に慣れてきたため、日曜日にもデイサービスを利用することにし、パチンコ店での清掃のアルバイトを辞めて、母がデイサービスを利用している月・水・金・日曜日の週4日、月・水・金曜日は、9:00〜16:00まで製鉄所の工場で清掃のアルバイトをし、日曜日は、13:00〜16:00まで物流会社の清掃のアルバイトをすることにした。パチンコ店での清掃のアルバイトでは、月に平均5万円ほどの収入しかなかったため、生活費は、毎月、2〜3万円ほどの赤字であったが、現在の生活スタイルになってからは、月に平均7万5千円ほどの収入になったため、生活費はギリギリ赤字にならないくらいにまで改善した。「やれやれ…、やっと持続可能な生活サイクルが整った」と思って安心していたのだが、要介護1から要支援2へ分類が下げられると、全ての仕事を辞めることになる。それと同時に、新たな介護施設を探し、その介護施設の雰囲気に母が慣れるのを待ち、週2日のデイサービスの曜日を決定する。その後、週2日のアルバイトをすることになるのであるが、週2日だと、月の平均の収入が4万円ほどにしかならないので、持続可能な生活サイクルにするためには、残りの4万円ほどを何とかして稼がなければならない。

    このままの状態を放置すると、2年後から少しずつ追い詰められていくことになる。次の要介護認定の更新の審査は2年後。この2年の間に、在宅で収入を得ることができる仕事を探さなくてはならない。かなりリスクがあるが、株式投資を学ぶことも視野に入れている。要介護のままであれば、何の問題もないのだが、要支援へ分類が下げられる可能性があるのであれば、そのリスクを回避するために、何らかのリスクを負ってでも手を打たなければならない。株式投資か…。引退した後の楽しみにしようと思っていたのに…。やれやれ、困ったものである…。

  2021/02/24  





【 暮露暮露 株式投資を学ぶ♪ 1 】

    私の母は認知症である。そのため、母がデイサービスに通っている週4日しかアルバイトができないので、その収入は極めて少額になる。そこで、株式投資を学んで実践してみることにした。因みに、「株価が安いところで買って、株価が高いところで売れば利益がでる」という子供でも分かる簡単な理屈を実践すればよいだけなのに、実際には、約90%の投資家が大きな損失をだしているという。私は、株式投資に関する知識は全くなく、ゼロから始めることになるのだが、目標は、将来、予想される毎月の生活費の赤字の解消。金額にすると、月に約4万円ほどである。何かの参考になればと思い、厳しい株式市場で私が、どう感じて、どう行動したのかを、そのまま記述して記録に残すことにした。

    インターネットで株式の売買をするには、まず、ネット証券会社に口座を開設しなければならない。私は、楽天のクレジットカードを利用しているので、「楽天ポイントで投資ができる!」という宣伝につられて、楽天証券に口座を開設することにした。そこで、2021年2月7日、楽天証券に口座の開設をネット申請したところ、2月18日、楽天証券から、口座にログインするためのIDとパスワードなど、口座の初期設定をするために必要な書類が郵送されてきた。その書類を見ながら口座の初期設定をしていると、最後に、「マイナンバーを登録するための申請書を郵送するので、その申請書に必要事項を記入して返送してください」という主旨の要請があった。このマイナンバーの登録をしないと、株式の売買ができないとのことなので、「最初に言ってくれれば、一度の申請で済んだのに…」と思いながら、楽天証券からマイナンバーの登録の申請書が郵送されてくるのを待っていると、2月22日、その申請書が郵送されてきたので、翌2月23日に返信。その後、3月3日、楽天証券から、「マイナンバーの登録が完了しました」とのメールが送信されてきて、全ての初期設定が終了した。

    口座の初期設定が終わったら、自分の口座に必要な金額を入金。そして、楽天証券のウェブサイトから、「マーケットスピード II 」というツールをダウンロードし、そのツールにログインしたら株式の売買ができるようになる。口座の開設を申請してから株式の売買ができるようになるまでに1ヶ月ほどかかってしまったが、私は、急いで株式の売買をしたいわけではないので、特にイライラすることはなかった。「株式投資はギャンブルだ!」という話を聞いたことがある。もしそうなのであれば、この1ヶ月は、熱くなった頭を冷やすのに効果的な時間だったと思う。因みに、株式の売買がネットでできるようにはなっているが、しばらくの間、このツールで株式の売買をする予定はない。まだまだ勉強不足なので、もう少し、株式投資に対して自分なりの理論を形成してから実践しようと思っている。

  2021/03/05  





【 暮露暮露 株式投資を学ぶ♪ 2 】

    私の母は認知症である。そのため、母がデイサービスに通っている週4日しかアルバイトができないので、その収入は極めて少額になる。そこで、株式投資を学んで実践してみることにした。因みに、「株価が安いところで買って、株価が高いところで売れば利益がでる」という子供でも分かる簡単な理屈を実践すればよいだけなのに、実際には、約90%の投資家が大きな損失をだしているという。私は、株式投資に関する知識は全くなく、ゼロから始めることになるのだが、目標は、将来、予想される毎月の生活費の赤字の解消。金額にすると、月に約4万円ほどである。何かの参考になればと思い、厳しい株式市場で私が、どう感じて、どう行動したのかを、そのまま記述して記録に残すことにした。

    一口に投資といっても、預金・債券投資・金投資・投資信託・株式投資・不動産投資・FX・仮想通貨など、さまざまな種類の投資がある。どの種類の投資にも一長一短があり、結局、私は国内株式の投資をすることにした。さらに、一口に国内株式の投資といっても、その取引や運用にも、さまざまな種類がある。まず、取引の方法としては、「現物取引」と「信用取引」があり、運用の方法としては、「短期」・「中期」・「長期」などの種類がある。株式市場では、「約90%の投資家が大きな損失をだしている」と言われている。私の個人的な主張ではあるが、「トンチンカンのド素人が株式を長く保有していると、大きな損失をだすリスクが高くなるのではないか?」と思っている。そこで、そのトンチンカンのド素人の私は、自分の所持金の範囲内に限定される現物取引を取引の方法とし、その取引した株式を長く保有せず、1〜3分ほどで売却して損益を確定する“デイトレード”という運用の方法を選択した。デイトレードは、ずっとパソコンから目が離せないので、普通のサラリーマンが運用するのは難しい。「認知症の母の介護で、火曜日と木曜日の1日中、家の中でボケェ〜としている私にはちょうどいい」というのも、その理由である。

    今まで私は、経済の勉強をしたことはないし、株式の勉強をしたこともない。つまり、ベテランのトレーダーの方たちと比較した場合、その知識や経験などが圧倒的に劣っているということである。今から経済や株式のことを一生懸命に勉強したとしても、何十年も勉強しているベテランのトレーダーの方たちに追いつけるはずがないので、ベテランのトレーダーの方たちの動きに便乗させていただくことにした。そこで問題になるのは、「どうやって、ベテランのトレーダーの方たちの動きを把握するのか?」ということなのだが、その問題の答えは、「こればかりは、自分の目を実践で鍛えていくしかない」という単純なものである。まずは、15万円を投資してみることにする。ただし、この資金は金を儲けるための資金ではないので、たとえ全額を失ったとしても気にしない。この資金は、株式市場の雰囲気に慣れるための、パソコンでの取引の操作に慣れるための、そして、ベテランのトレーダーの方たちの動きを把握するための資金である。

    私は、梅の木を育てていて気づいたことがある。誰しも、多くの梅の実を収穫しようとして枝を伸ばそうとするが、これは誤りである。まずは、梅の実の収穫は気にせず、梅の木の幹をしっかりと太くすることが大切である。幹が太くなれば、全体的に梅の木が安定することになる。そうすれば、安定した梅の木から多くの梅の実を収穫できるようになるのである。何事も大切なのは基礎である。金を儲けることばかりに気をとられ、基礎をおろそかにすると、結局、長く続けることはできない。まだ株式の取引を一度もしたことがない私が、たいそうなことを述べてきたが、これで大きな損失をだしたら大笑いである。まぁ、それはそれで面白いことではあるが。たかが金儲けである♪ 面白く面白く♪ 楽しく楽しく♪

  2021/03/12  





【 暮露暮露 株式投資を学ぶ♪ 3 】

    私の母は認知症である。そのため、母がデイサービスに通っている週4日しかアルバイトができないので、その収入は極めて少額になる。そこで、株式投資を学んで実践してみることにした。因みに、「株価が安いところで買って、株価が高いところで売れば利益がでる」という子供でも分かる簡単な理屈を実践すればよいだけなのに、実際には、約90%の投資家が大きな損失をだしているという。私は、株式投資に関する知識は全くなく、ゼロから始めることになるのだが、目標は、将来、予想される毎月の生活費の赤字の解消。金額にすると、月に約4万円ほどである。何かの参考になればと思い、厳しい株式市場で私が、どう感じて、どう行動したのかを、そのまま記述して記録に残すことにした。

    私のするデイトレードでは、株式を買ってから売るまでの時間が短いので、どのような会社の株式なのかに興味はない。その会社の沿革・経営理念・財務状況などにも、一切、興味がない。私が興味をもっているのは、その瞬間の株価の変動のみである。つまり、どんなに従業員を大切にしている立派な会社であっても、株価の変動がなければ、私にとっては、「クソの役にも立たない!」ということになる。ものの善悪を説くつもりは毛頭ない。私は、「株式市場という厳しい世界の中では、この感覚に徹することが、株式をトレードする者にとって大切な心構えの一つである」ということを言っているのである。

    心構えの次は、株式の銘柄の選定である。私には、ベテランのトレーダーの方たちのように、多くの銘柄を同時にテキパキとトレードする能力はないので、1つの銘柄だけに限定してトレードすることにした。その銘柄のみを丹念に研究して特徴を把握し、それをトレードに活用するという方法が、私には合っていると思う。最初は、「楽天証券で株式投資をしているので、楽天の株式でトレードしよっ♪」とも思ったのだが、あまりにも安易なので他の銘柄にすることにした。そして、いろいろ調べた結果、以下のような基準で銘柄を選定することにした。

 誰もが知っている有名な会社の株式。
 株価の変動が大きい株式。
 出来高が多い株式。
 株価が、1株1000円〜1500円、かつ、呼値が1円以上の株式。

3と4に関しては、説明が必要な方も多いと思う。3に記述している“出来高=できだか”とは、「期間中に成立した売買の数量のこと」である。この出来高が多い株式は、その株式の売買が活発である証拠になる。また、4に記述している“呼値=よびね”とは、「1株に対して注文することができる最小の値幅のこと」である。つまり、「1株の売買が何円単位でできるのか」ということになる。因みに、いろいろな銘柄を見てみたのだが、株価が1000円以下だと呼値=0.1円が多く、株価が1000円以上だと呼値=1円が多くなるという印象である。最後に、「1株1000円〜1500円」という基準であるが、株式の売買単位は100株の場合が多いので、「7株だけ買いたいのですが…」というわけにはいかない。予算が15万円なので、1株1500円を超える株式は買えないということである。

    上記の基準で選定した結果、楽天の株式を買うことにした。さんざん時間をかけて選定した結果が、結局、最初の短絡的なひらめきと同じ結果だったということに少し違和感を覚えるが、「まぁ、人生はそんなものだ♪」と思って受け入れることにする。

  2021/03/16  





【 暮露暮露 株式投資を学ぶ♪ 4 】

    私の母は認知症である。そのため、母がデイサービスに通っている週4日しかアルバイトができないので、その収入は極めて少額になる。そこで、株式投資を学んで実践してみることにした。因みに、「株価が安いところで買って、株価が高いところで売れば利益がでる」という子供でも分かる簡単な理屈を実践すればよいだけなのに、実際には、約90%の投資家が大きな損失をだしているという。私は、株式投資に関する知識は全くなく、ゼロから始めることになるのだが、目標は、将来、予想される毎月の生活費の赤字の解消。金額にすると、月に約4万円ほどである。何かの参考になればと思い、厳しい株式市場で私が、どう感じて、どう行動したのかを、そのまま記述して記録に残すことにした。

    ネットで株式を取引する環境は整った。株式の投資をする銘柄も決めた。あとは、どういう姿勢で臨むかである。いろいろ考えた結果、当面、以下の基準で株式の投資をすることにした。

 株式市場の雰囲気・パソコンでの取引の操作になれることを最優先する。
 株式を買った価格から、+1円になったら利確(=りかく=利益を確定させること)し、−2円になったら損切り(=そんぎり=損失を確定させること)する。
 株価が確実に上昇する時のみ勝負し、その勝率を100%に近づけるようにする。
 氾濫している情報に流されず、自分が痛みを伴って獲得した情報のみを信じる。

私は、株式の投資を、「ある程度の傾向があるギャンブル」だと思っている。トンチンカンのド素人である私に必要なのは、その傾向を熟知したベテランのトレーダーの方たちと戦うという姿勢ではなく、「突然、利益のある場所に現われ、少しだけ利益を得たら、すぐに戦うことなく去っていく」という戦わない姿勢、また、株式の相場を眺めながら、「ん〜、今日は運がない。や〜めよっ♪」という逃げる姿勢だと思う。厳しい株式市場で生き残るために、それらの姿勢が色濃く反映しているのが、上記の基準である。

    上記の基準の4に関してであるが、現在、ネットでは、いろいろな個人投資家の方たちが、丁寧に株式投資の解説をしているが、本当に有益な情報は、厳に秘密にしているはずである。よって、ネットや書籍からの情報を、すぐに信用するわけにはいかない。唯一、信用できる情報は株価だけである。「あいつが嘘をついた!」という話を聞くことはあるが、「株価が嘘をついた!」という話は聞いたことがない。つまり、人間は嘘をつくが、株価は絶対に嘘をつかないということである。「どうして、こういう株価になっているのか?」を、他人の意見に頼るのではなく、自分自身の頭で考えるのである。そこにこそ、このギャンブルの醍醐味がある。

    これまで長々と株式投資に関して述べてきたが、「あのなぁ…、プールのまわりで踊ってないで、早くプールに飛び込めよ!」という声が聞こえてきそうなので、次回からは、自分の理論を実践した結果、どうなったのかを報告することにする。

  2021/03/16  





【 暮露暮露 株式投資を学ぶ♪ 5 】

    私の母は認知症である。そのため、母がデイサービスに通っている週4日しかアルバイトができないので、その収入は極めて少額になる。そこで、株式投資を学んで実践してみることにした。因みに、「株価が安いところで買って、株価が高いところで売れば利益がでる」という子供でも分かる簡単な理屈を実践すればよいだけなのに、実際には、約90%の投資家が大きな損失をだしているという。私は、株式投資に関する知識は全くなく、ゼロから始めることになるのだが、目標は、将来、予想される毎月の生活費の赤字の解消。金額にすると、月に約4万円ほどである。何かの参考になればと思い、厳しい株式市場で私が、どう感じて、どう行動したのかを、そのまま記述して記録に残すことにした。

    今回は、以下の基準を徹底して株式投資を実践した結果の報告です。

 株式市場の雰囲気・パソコンでの取引の操作になれることを最優先する。
 株式を買った価格から、+1円になったら利確(=りかく=利益を確定させること)し、−2円になったら損切り(=そんぎり=損失を確定させること)する。
 株価が確実に上昇する時のみ勝負し、その勝率を100%に近づけるようにする。
 氾濫している情報に流されず、自分が痛みを伴って獲得した情報のみを信じる。

2021年3月9日、初めての実戦の結果は、「楽天の100株の株式を、1株1110円で買い、1株1111円で売った」というものであった。トンチンカンのド素人の私は、「1株1円の上昇、100株で100円の利益♪」と思っていたのであるが、株式の取引には手数料がかかるということを忘れていた。楽天証券の場合、その手数料は、20万円までの取引で1回につき115円である。1回の取引なので、株式を買う時に115円、株式を売る時にも115円かかる。つまり、1株1円の上昇で100円の利益を得たのであるが、手数料が230円かかったため、合計して130円の損失となった。因みに、その後、楽天証券には、「1日の取引の合計金額が100万円までなら手数料が0円」という“いちにち定額コース”があることを知り、そのコースに設定を変更した。

    「ん〜、設定を変更していたら、そのまま100円の利益だったのに…」と思ったのだが、株式の取引には、“平均取得単価”というものがあることを初めて知った。平均取得単価とは、「売却までの期間に買付した株式の買付代金を、手数料を含めて平均化した価格」であり、「1株あたりの取得単価=取得費(約定単価×株数+手数料)の合計÷取得株数の合計」という式で計算されるらしい。つまり、株式を取引した場合、「100株の株式を1株1110円で買って、1株1111円で売ったからといって、そのまま100円の利益を得ることはできない」ということである。上記の式で計算した結果、今回の取引の平均取得単価は1111.15円となるため、それだけで15円の損失となってしまうのである。ならば、「設定を変更して手数料を0円にすれば、100株の株式を1株1110円で買って、1株1111円で売れば、最終的な利益は85円になる」かというと、そうでもない。さらに、その利益に対して20.315%の税金がかかるのである。これらのことを総合的に考えると、「低額の株式投資では時間ばかりを浪費し、ほとんど利益にはならない」という結論になる。確かに、上記の基準で取引をすれば、ほぼ100%に近い状態で利益を確保できるし、仮に損失がでたとしても少額なので、大きなリスクは避けることができる。しかし、大きなリスクを避けることができる反面、確保できる利益も極端に少なくなるというのも事実である。つまり、「大きなリスクを避けるために、『1株1円の上昇で利益を確定する』という基準で株式を取引する」、かつ、「自分が目標とする十分な利益を確保する」という条件を満たすためには、それ相応の資金が不可欠ということになる。

    初めての実戦で知ったことが、もう一つある。株式投資には、「その日に買った銘柄を、その日のうちに売る」という意味の、“日計り=ひばかり”という言葉がある。簡単に言い換えると、現在、私がやっているデイトレードのことである。デイトレード自体は、特に禁止されていないのだが、現物取引をする場合、同一の資金でデイトレードを連続することは、“差金決済取引=さきんけっさいとりひき”といって法令で禁止されている。つまり、私が、同じ銘柄でデイトレードを連続する場合、「15万円で株式を買う→その株式を売る→新たに別の15万円を入金して株式を買う→その株式を売る→また新たに別の15万円を入金して株式を買う…」という手順を延々と繰り返さなければならない。この法令を知らない私のような初心者が、同一の資金でデイトレードを連続しようとすると、楽天証券に自動的に資金を拘束されて、新たに株式が買えないようになる。これを、“日計り拘束金”という。そのため、今後、私が同一の資金で連続してデイトレードをする場合は、銘柄を変えることが必要になる。つまり、私がデイトレードをするのに適した銘柄を、楽天の株式だけではなく、できるだけ多く選定しておくことが必要になってくる。そうすれば、一日中、同一の資金で連続して取引ができるようになるのである。

    初めての実戦は、じつに実りの多いものとなった。株式投資に対する私の認識の中で、正しかったものと、そうではなかったものが明確になったし、さらには、そもそも知らなかった知識を新たに知ることもできた。しかも、株式の取引の根幹にかかわるような大切なことをである。また、「練習しておいて良かったなぁ〜♪」と思うこともあった。私は、楽天証券で口座が開設されるまでの1ヶ月の間、ネットに投稿されていた実際の株式相場の動画を、何回も何回も、繰り返し繰り返し見ながらイメージ・トレーニングをしていた。そのトレーニングから自分で導きだしたのが、「1株1円の上昇で利益を確定する」という基準である。現在、この基準が必ずしも正しいとは思っていないが、全く無意味だったとも思わない。「実際の株式相場の動画を見て、それから何を導き出すのか?」という論理的な思考が機能していることを確認できたからである。

    1ヶ月の間、ただひたすら必死になって動画を見ていたおかげで、違和感なく実戦に移行することができたし、「1株1円の上昇で利益を確定する」という基準のおかげで、より詳細に株価の変動を見極めることができるようになった。その結果、2日という短期間の実戦で、確実に利益を得ることができるようになったのである。私が予想していたよりも早く株式市場に目が慣れたので、「1株1円の上昇で利益を確定する」という基準を廃止し、少しリスクをとって、「1株3〜5円ほどの上昇で利益を確定する」という新しい基準に挑戦することにした。次回は、その新しい基準を実践した結果、どうなったのかを報告することにする。

  2021/04/06  





【 暮露暮露 株式投資を学ぶ♪ 6 】

    私の母は認知症である。そのため、母がデイサービスに通っている週4日しかアルバイトができないので、その収入は極めて少額になる。そこで、株式投資を学んで実践してみることにした。因みに、「株価が安いところで買って、株価が高いところで売れば利益がでる」という子供でも分かる簡単な理屈を実践すればよいだけなのに、実際には、約90%の投資家が大きな損失をだしているという。私は、株式投資に関する知識は全くなく、ゼロから始めることになるのだが、目標は、将来、予想される毎月の生活費の赤字の解消。金額にすると、月に約4万円ほどである。何かの参考になればと思い、厳しい株式市場で私が、どう感じて、どう行動したのかを、そのまま記述して記録に残すことにした。

私は、生まれながらにスマートフォンを使っている世代ではないので、スマホの操作が苦手である。しかし、先日、「スマホは苦手だなぁ〜♪」ではすまされない事態に陥った。ふと、「パソコンで株式の売買をしている時に、パソコンが故障したらどうしよう…」と不安に思ったので、スマホでも楽天証券での株式の売買ができるようにしたのだが、自分が押そうと思っているボタンを押すことができずにオロオロしていると、操作を誤って、私が希望していない株式を買ってしまった。すると、運の悪いことに、その株式を買った直後に株価が下落。「あっ!」という間に、5940円の“含み損”になってしまった。含み損とは、「保有している株式の株価が買った時よりも下落していて、今、この株式を売ってしまうと、損失が確定してしまう状態」のことである。

「あれっ?」と思っているうちに、さらに株価が下落。とうとう、8060円の含み損になってしまった。

運が良いのか悪いのか、その後、3日ほどで株価が回復し、2740円まで含み損が減少してくれた。

そして、一週間後、含み損が900円に減少したところで株式を売り、900円の損失が確定した。

なぜ、900円で損失を確定させたのかというと、「本来、買う予定ではなかった株式を、このまま保有しているのは危険だ」と判断したからである。そして、この900円の損失は、他の株式で得ていた利益で補填した。

若い方たちが、片手でスマホをスラスラと操作しているのを見ると、「よくもまぁ…、あんなに上手くスマホを操作できるもんだなぁ…」と思う。しかし、感心している場合ではない。私も同じようにスラスラと操作できるようにならなければ、生活費が稼げないからである。まだ、株式投資を始めてから1ヶ月も経たないが、何となく根拠のない手ごたえを感じている。もっと努力すれば、もしかしたら、収入の柱になるかもしれない。

次回は、私が、今回の株価の下落とは比較にならないほどの株価の暴落を経験した話です。失敗談が好きな方たちは必見!
スゲェ〜暴落   ヘ(>_<。)ノ   ド〜スンダヨ!

  2021/04/15  





【 暮露暮露 株式投資を学ぶ♪ 7 】

    私の母は認知症である。そのため、母がデイサービスに通っている週4日しかアルバイトができないので、その収入は極めて少額になる。そこで、株式投資を学んで実践してみることにした。因みに、「株価が安いところで買って、株価が高いところで売れば利益がでる」という子供でも分かる簡単な理屈を実践すればよいだけなのに、実際には、約90%の投資家が大きな損失をだしているという。私は、株式投資に関する知識は全くなく、ゼロから始めることになるのだが、目標は、将来、予想される毎月の生活費の赤字の解消。金額にすると、月に約4万円ほどである。何かの参考になればと思い、厳しい株式市場で私が、どう感じて、どう行動したのかを、そのまま記述して記録に残すことにした。

    少しずつではあるが、デイトレードで利益を確保することができるようになってきたので、株式に投資する資金を増額することにした。それと同時に、多角的なトレードをするために、デイトレードを続けながら、試験的に資金の30%で“スイングトレード”に挑戦してみた。デイトレードが、「全ての株式の売買を1日で清算する」というものであるのに対して、スイングトレードとは、「株式を、数日〜数週間という単位で保有する」というものである。簡単に説明すると、「株価が下落した銘柄などを安く買い、数日〜数週間で株価が回復した時に売って利益を得る」という手法である。

    令和3年4月6日、「どの銘柄でスイングトレードしようかなぁ…」と思っていたところ、偶然、株価が急落している株式があったので、しばらくの間、株価の推移を観察した後、「もうそろそろ底値かな…」と判断し、その株式を買った。「ムフフ…、数日で株価が回復するぞ。楽しみだぁ〜♪」と思っていたのだが、翌日、その株式の株価が…。

どんどん下落し…。


その翌日には、さらに下落した。


も…、もしかして、まだ下落するつもりですか?


株の神様:「ムフフ…、その通りじゃよ!強欲な人間め!」。


令和3年4月14日、とうとう、含み損が約12万円まで膨らんでしまった…。


こんな感じ♪


しかし、私は、過度に心配する必要はないと思っている。今回の株価の下落は、上の図の赤い矢印の部分であって、全体的には株価は上昇しているからである。ふと、「こんな時、先人たちは、どんな方法で対処したのかなぁ…」と思って調べてみると、先人たちは、なんとも賢明な方法で危機に対処していた。

「果報は寝て待て♪」。おっしゃる通りです。もはや、株価が回復するまで、寝て待つしかない。


令和3年4月14日、約12万円まで膨らんでいた含み損が、たった1日で約4万円ほどにまで減少した。「待てば海路の日和あり♪」。

私は、「私のように株式投資の経験が浅い人間がスイングトレードをするのは危険である」と判断し、試験的に挑戦していたスイングトレードを中止することにした。やはり、私のような初心者が株式を長く保有することは危険である。今回の株価の下落では、「どんな銘柄を選べはよいのか?」「今の株価の推移をどう見るのか?」など、多くの実践的な経験を蓄積することができた。上の図で、今回の株価の下落は、赤い矢印@の部分である。そして、赤い矢印Aの部分は、昨年の新型コロナウイルス・ショックによる株価の下落である。「もし、株式を長く保有して新型コロナウイルス・ショックのような株価の下落に遭遇していたら、どうなっていただろう…」と思うと、「今回は、ただただ運が良かっただけ」ということが実感できる。

上の図は、今回の教訓をデザインしたものである。株式の運用資金の30%を塩漬けにして運用不能にしてしまったので、左側の1/3を黒くしてマイナスの記号を入れた。そして、今回の愚かな行為を決して忘れることがないように、最大の含み損の金額である124470円を大きな文字で記入した。私は、この図を見るたびに、自らの知識の浅さ、経験の浅さなどを認識し、いかに自分が愚かな人間であるかを思い出すことになる。

因みに、その後も含み損の増減はあったが、長期的に株式を保有すると決めたので、株価のことは気にならなくなった。長期的に株式を保有するとは、「株価が回復するまで、10年でも20年でも保有し続ける」という意味である。10年という単位で物事を見るようになると、その瞬間その瞬間の一時的な株価の推移には、特に関心を示さなくなるものである。

  2021/04/25  





【 暮露暮露 株式投資を学ぶ♪ 8 】

    私の母は認知症である。そのため、母がデイサービスに通っている週4日しかアルバイトができないので、その収入は極めて少額になる。そこで、株式投資を学んで実践してみることにした。因みに、「株価が安いところで買って、株価が高いところで売れば利益がでる」という子供でも分かる簡単な理屈を実践すればよいだけなのに、実際には、約90%の投資家が大きな損失をだしているという。私は、株式投資に関する知識は全くなく、ゼロから始めることになるのだが、目標は、将来、予想される毎月の生活費の赤字の解消。金額にすると、月に約4万円ほどである。何かの参考になればと思い、厳しい株式市場で私が、どう感じて、どう行動したのかを、そのまま記述して記録に残すことにした。

試験的に挑戦したスイングトレードには失敗したが、多角的なトレードをするという方向性は正しいと思ったので、次は試験的に“スキャルピング”に挑戦してみた。スキャルピングとは、「数秒や数分で株式の売買を繰り返し、小さな利益を積み重ねていく手法」である。簡単に説明すると、デイトレードが、上の画像のように、1日を通してトレードするのに対して…。

スキャルピングは、上の画像の赤丸の部分…。


その中の赤い矢印の部分だけで利益を確保するというトレードである。


さっそく実践してみた。「オッ! 株価が上昇している! 買いだ♪」と思い、上の画像の赤い矢印の部分で株式を買おうとしたのだが…。

ここで誤算が生じた。今までは少額でトレードしていたので、一瞬で株式の売買ができたのだが、ある一定の利益を確保するために投資する資金を増額したため、株式の約定のスピードが鈍化した。約定とは、「株式などの金融取引で、売買が成立すること」という意味である。つまり、「今までは1000円での取引だったので、約定するのに1秒しかかからなかったが、10万円での取引に変更したため、約定するのに100秒かかるようになってしまった」というようなイメージである。

株式を買うためにモタモタした上、その直後に株価が下落したため、結局、「高い株価で買って、安い株価で売る」という結果になってしまった。因みに、この一瞬のトレードで約1万円が吹き飛んだ。

スキャルピングに必要なのは、スピードだということが分かった。「スピードを高めるためには、投資する資金を少額にする必要がある。しかし、同時に利益も少額になるので、何度も同じことを繰り返して、ある一定の利益を確保する」ということであろう。確かに、少額での一瞬のトレードなので損失のリスクは低くなるが、1回のトレードごとに手数料や税金などを支払うので、効率の良いトレードとも思えない。ん〜、一長一短ということか…。私には向いていないと判断し、スイングトレードと同様にスキャルピングも中止することにした。

これで、「スキャルピング・デイトレード・スイングトレード・長期トレード」と、一通りの株式トレードを経験したことになる。そのため、ここで一休みして、株式投資を始めてから現在までの収支を分析してみることにした。楽天証券では、過去の取引履歴を全て閲覧することができるので、たいへん便利である。次回は、株式投資を実践してから2ヶ月の間の収支を掲載することにする。

  2021/05/04  





【 暮露暮露 株式投資を学ぶ♪ 9 】

    私の母は認知症である。そのため、母がデイサービスに通っている週4日しかアルバイトができないので、その収入は極めて少額になる。そこで、株式投資を学んで実践してみることにした。因みに、「株価が安いところで買って、株価が高いところで売れば利益がでる」という子供でも分かる簡単な理屈を実践すればよいだけなのに、実際には、約90%の投資家が大きな損失をだしているという。私は、株式投資に関する知識は全くなく、ゼロから始めることになるのだが、目標は、将来、予想される毎月の生活費の赤字の解消。金額にすると、月に約4万円ほどである。何かの参考になればと思い、厳しい株式市場で私が、どう感じて、どう行動したのかを、そのまま記述して記録に残すことにした。

私が株式投資を始めてから2ヶ月が経過したので、一旦、ここで全ての株式を精算し、この2ヶ月の収支を分析してみることにした。楽天証券のウェブサイトでは、すべての過去の取引を閲覧することができるので、たいへん便利である。上の画像がそれ。「あれっ? スイングトレードで失敗して、長期的な保有に変更した株式はどうしたの?」という疑問をもった方もいると思うが、結果から報告すると、塩漬けになっていた株式も、すでに売却済みである。

スイングトレードで失敗して塩漬けになっていた株式は、最大で約18万円の含み損になっていたが、その後、少しずつ株価が回復し…。

2021年5月6日、一気に株価が71円も上昇したので、すぐに売却した。


約18万円もあった含み損は、結局、約6000円の利益で確定した。因みに、この株式の銘柄は、“みずほフィナンシャルG”である。一般的に、多額の含み損が出た場合、多くの個人投資家たちは、「もし、これ以上の含み損になったら…。どうしよう…」という重圧に耐えられず、その株式を売却してしまうという。私が、この取引から学んだことは、“忍耐”である。たった2週間の忍耐で、約18万円の含み損が、約6000円の利益になった。

最近、“チャート”と呼ばれている株価に関するグラフの内容が理解できるようになってきたので、以前よりも、株価の動向を予測することができるようになった。今回のスイングトレードの失敗は、みずほフィナンシャルGという銘柄が悪いのではなく、この株式に対する私の認識が甘かったことが原因である。その証拠に、今、このスイングトレードの分析をすると、「何でこんな株価が高いころで株式を買っちゃうかなぁ…。チャートを見れば、さらに株価が下落することが分かるだろうに…」と思う。もしかしたら、突然、株価が下落するという危険はあるものの、スイングトレードは私に向いているのかもしれない。

さてさて、全ての株式を売却したところで、この2ヶ月の収支を分析してみることにする。因みに、“実現損益”とは、「保有している株式を売却するなどして確定した損益のこと」という意味である。

左から、利益金額合計・損失金額合計・実現損益合計とある。


まずは、損失金額合計から。「ん〜、こんなもんかなぁ…」という印象である。


次に、利益金額合計であるが、「へ〜、こんなに勝っていたのか…」という印象である。確かに、負けた時のことは、「なぜ負けたのか?」「どうすれば、勝てるようになるのか?」など、自分なりに徹底的に分析するので記憶に残っているが、勝った時のことは、「この調子で続ければOK♪」という感じなので、あまり記憶に残っていないのかもしれない。

この2ヶ月の実現損益合計は、約3万円ほどの損失であった。株式投資の初心者が、数十万円〜数百万円の損失を出しているという話は頻繁に聞くので、「まぁ…、善戦したのかなぁ…」という感じである。

利益金額合計・損失金額合計の内容を分析してみると、次のような結果であった。利益に関しては、そのほとんど全てがデイトレードによるものであった。また、損失に関しては2つの要因があり、損失の金額が多かった順に記述すると、一つ目は、試験的に挑戦したスキャルピングによる損失。そして、二つ目は、端末の誤操作による損失であった。「端末の誤操作で、希望している株式ではないものを買ってしまった」「保有している株式を売るつもりだったのだが、端末の誤操作でさらに買ってしまった」「株式の売買に関する端末の条件設定が、端末の誤操作で、自分に不利な条件設定になっていた」などがそれである。上記の結果から、現時点で私に向いているのはデイトレードであるということが分かった。スキャルピングを一時停止し、端末の誤操作が減っていけば、そこそこの利益を得ることができるであろう。

自分の知らない世界に足を踏み入れるということは、頭をフル回転させるということなので、たいへん頭の体操になる。新しいことを始めるのは、実に楽しい♪ この2ヶ月の間、どっぷりと株式投資を楽しんだ。株式市場の厳しさを一通り経験して一段落したので、株式投資に関しては、次回の掲載が最終回となります。

  2021/05/15  





【 暮露暮露 株式投資を学ぶ♪ 10 〜 最終回・満腹のライオン 〜 】

    私の母は認知症である。そのため、母がデイサービスに通っている週4日しかアルバイトができないので、その収入は極めて少額になる。そこで、株式投資を学んで実践してみることにした。因みに、「株価が安いところで買って、株価が高いところで売れば利益がでる」という子供でも分かる簡単な理屈を実践すればよいだけなのに、実際には、約90%の投資家が大きな損失をだしているという。私は、株式投資に関する知識は全くなく、ゼロから始めることになるのだが、目標は、将来、予想される毎月の生活費の赤字の解消。金額にすると、月に約4万円ほどである。何かの参考になればと思い、厳しい株式市場で私が、どう感じて、どう行動したのかを、そのまま記述して記録に残すことにした。

株式投資を始めてから2ヶ月が経過。スイングトレードを停止してデイトレードに専念してから、ようやく、1日に約1万円くらいの利益を得ることができるようになってきた。

スマホでのデイトレードにも慣れてきたので、ちょっとした空き時間でも利益を得ることができるようになった。しかし、少なくはなってきたが、依然としてスマホでの誤操作で損失をだすことがある。先日も、約2万円の利益を得られるはずであったトレードで、スマホの誤操作によって、その中の8000円を吹き飛ばしてしまった…。

少しずつではあるが、利益が増えていったので…。


株式投資を始めた頃のトレードの失敗による損失が減少し、いつの間にか黒字になっていた。


その後、「明日、株価が上がりそうだなぁ…」という株式を見つけて、その株式を前日に買っておくという小技を身につけ…。

次の日、10分ほどのトレードで約5万円の利益を得られるという場合もでてきた。「もう、株式の利益だけで生活できるのでは?」と思った方たち。それは甘い! 私は、「この株価の推移であれば、必ず勝てる!」と思った時にしか株式を買わない。そのような株価の推移になることは、そうそう多いことではないので、毎日のように約5万円も利益を得られると思ったら大間違いである。

今後も、成功と失敗の体験を蓄積していけば、そこそこ安定した利益を確保することが可能になるかもしれない。しかし、私は、これ以上の利益を望んでいない。私自身、「どうして、もっと利益を増やしてやろう!」と思わないのか不思議である。そんなことを考えていると、ふと、昔、私が子供だった頃に、私の父親が、私にしてくれた話を思い出した。どうして、その話になったのかは忘れたが、「いいか、空腹のライオンは、何が何でも獲物を捕獲して食べるが、満腹のライオンは、目の前を獲物が通っても知らん顔をするんだ。決して獲物の命を無駄に奪うことはないんだぞ」という話であった。つまり、「満腹の動物は無益な殺生をしない。しかし、人間は、たとえ満腹であっても自分たちの欲望のために殺生をする」という主旨の話である。「本当に満腹のライオンが獲物を襲うことはないのか?」「本当に動物たちは無益な殺生をしないのか?」の真偽は別にして、数十年後の今でも、この話を忘れていないということは、私は、この話をよほど気に入っているということであろう。大きな利益を望まず、「多少、生活費の足しになるくらいでOK♪」というくらいの、“そこそこの利益”が、私にとっては心地よい。毎月の生活費で赤字を出さず、持続可能な生活費の確保ができれば、私は、それで満腹なのである。

私は、パソコンの画面で株価の推移を眺め、「ん〜、あまり良い相場ではないなぁ…」と思ったら、すぐにトレードをやめる。そして、山に行って、泥だらけになりながら畑での作業を楽しんでいる。つまり、「何が何でも株式投資で利益を得てやろう!」というだけではなく、「今日は、株や〜めた♪山に遊びに行こっ♪」という選択ができる環境にあることが望ましいのである。株式投資による利益と仕事による利益のバランス。さらに言えば、株式投資と仕事と遊びのバランスを適正に保つことが、私の人生を豊かにしてくれると信じている。昔、父が私に話してくれた満腹のライオンの話は、私の人生を象徴しているようで、実に奥が深い。多感な時期に、この話を聞かせてくれたことに感謝している。

  2021/05/26  




しばらくの間、陸奥之国に関する掲載をしていなかったが、今回から再開いたします。2021年1月10日の切り株の話の続きからです。

一つ目の切り株を引っこ抜き…。


二つ目の切り株も引っこ抜いた。


こんな感じ♪


上の赤線にイノシシの防護柵を作りたかったのだが、切り株があったので作れなかった。これでイノシシの防護柵を作ることができる。

こんな感じになる予定。


まずは、水糸を張って直線を確保する。


合板を買った♪


木材を買った♪


これは、お隣のSさんからいただいたサッシ。4枚もいただいた♪


余っていた1.5メートルの単管パイプを利用する。


クランプを買った♪


材料はそろった!


いざっ!


…といっても、やることは同じ。もう三回目なので、テキパキできるようになった。


2時間ほどで作業が終了。あとは、合板を張っていくだけ。


合板を張る前に、赤い矢印の部分にもイノシシの防護柵を作ることにした。


この部分。


こんな感じ♪ 余っていたポリカを再利用した。


合板を張って完成♪


最後に、簡易的な出入口を作る。この3本の単管パイプの間にサッシを入れるだけ。


こんな感じ♪


奥にも同じ出入口を作った。


ホイッ! 完成!


これで、この畑の周囲は、高さ90センチの防護柵で完全に囲われた。これでイノシシの被害があったら、何か新しい方法を考えることにする。

さっそく、新しい畑に苗を植えた。キュウリの苗を10本・ミニトマトの苗を10本・ナスの苗を10本・スイカの苗を1本・カボチャの苗を1本である。

植えた苗に水をやる母。少しスペースを無駄に使っているかな。苗の列を2列にしたが、3列でもよかったような気がする。

支柱は私が組み立てたのだが、苗は全て認知症の母が植えた。32本もである。母は、とても楽しい時間を過ごしていたようである。この後、ヘトヘトになって立てなくなっていた。家族が認知症になって初めて分かったことがある。確かに、介護する側の負担は少なくはないが、この病気は、ある程度のコントロールが可能だということである。実際、介護施設と私とで協力し合って、ほぼ完全な状態で認知症の症状を抑え込んでいる。母も今年で86歳になる。天寿を全うする日も遠くはないと思うが、本人は、「ごめんね。まだまだ長生きするからね♪」と言って、ゲラゲラ笑っている。それでいい。「自分の名前が、ひらがなでも書けない時がある」「死んだ父のことを忘れる時がある」など、少しずつ病状は進行しているが、そんなことは関係ない。自分の名前が書けなくても人生は楽しいし、死んだ父のことを忘れても、むしろ精神的な負担が減って健康的である。そんなつまらないことは、気にしない気にしない。自分が好きなことをやって楽しみ、自分が好きなものを食べて楽しむ。今、この瞬間に自分が楽しいと思うことだけをやっていれば、それでいいのである。母が天寿を全うするまで、最後の最後まで自分の人生を楽しんでいれば、それでいい。私は、それを、幸福な人生と呼ぶ。

  2021/06/05  




現在、陸奥之国の畑は、上の図のような配置になっている。


新しく防護柵を設置して、面積を広げることにした。因みに、上の図の@の防護柵を撤去して、Aに移動する予定。

広げた面積は、休憩所にする。


その前に、昨年、野菜を栽培した畑を整備する。


サッパリ♪ 因みに、まいた種は次の通り。@ダイコン Aカブ Bコマツナ Cホウレンソウ Dチンゲンサイ。

一つ目の防護柵が完成!


「なんで直線にしないの?」という声が聞こえてきそうだが、地形が傾斜しているなどの理由で、こうなってしまった。

この近くには、水源から流れてくる川があるので…。


その水を利用する予定。


次に、赤い矢印の防護柵を撤去し…。


上の写真の場所に移動して、二つ目の防護柵にする。


私が作業している間、母は、雑草を除去していた。その時、母が、「アッ!」と叫んだ。


おっ! クワガタだっ!


来年は、蜜でクワガタを集めて一網打尽にし、昆虫を販売している店に売りに…。


防護柵の移動が完了!


こんな感じ♪


防護柵を移動したら、少し明るくなったような気がする。


こんな感じ♪ 全体的にスペースを無駄に使っているような気がするが、来年、その点を修正することにする。

来年は、赤い矢印の場所を畑にする予定。かなり面積が広いので、今年から少しずつ整備していく。

  2021/06/13  




上の写真は、水源から流れてくる川である。


この川を整備して、この水を利用することにする。


まずは、水の流れを止めて、池を作ることにした。


段差を利用して、水を使いやすくする。


水の流れを止めたので、赤丸の部分に水がたまって池になる。池を深くしなかったのは、あまり池を深くすると、すぐに池の底が抜けてしまうからである。

10分経過…。


20分経過…。


30分経過…。あれっ? 池にならない…。


ん?


すでに…、底が抜けていた…。これが何を意味するのか分かりますか?


この作業が…。


「すべて無駄だったってことだよ!」。


怒っていてもしかたがないので、底が抜けたところで新たに水を止めた。最初に水を止めたところは、再整備する予定。

ついでに、水源に作った池も再整備することにした。赤丸の部分から水がダダもれしているので、そこを補修し、赤い矢印の部分からだけ水が流れるようにする。

こんな感じ♪


そこにパイプを埋めて水を流す。


こんな感じ♪


そして、そのパイプを畑まで伸ばす。


ずっと…。


ずっと…。


はいっ! ジョバジョバ!


こんな感じで復活♪


ん? 何かいる…。


おっ! サワガニだっ! 水源からパイプの中を流されてここまで来たようである。お疲れさん♪


長旅を終えたばかりのサワガニ君に対して、こんなことは言いたくないのだが、「今は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、移動が厳しく制限されているんだよ。ごめんね♪」…。

優しい私は、そうサワガニ君に説明して、容赦なくサワガニ君を水源の池に強制送還した。めでたしめでたし。

  2021/06/20  




今回は、上の図の赤丸の部分を整備する。


この場所を整備する。因みに、赤い矢印は、水源から流れてきている川。


ついでに、前回、失敗した水止めも整備する。


…と言っても、作業はいつもと同じ。この場所は、すぐ下に大きな岩盤があるので、上の写真のように単管パイプで土留を固定する。

こんな感じ♪


あとは、いつものように土を寄せていくだけ。


ホイッ! 完成!


続いて、赤い矢印の部分も整備する。


ホイッ! 完成!


前回、失敗した水止めを撤去。


おぉぉぉ〜! 川が見えるようになった♪ 因みに、畑はどうなっているかというと…。


キュウリとミニトマトを支柱に固定するの忘れてた…。


シャキィィィ〜ン!


おっ! 何か見つけたのかな?


おぉぉぉ〜! キュウリが!


キュウリを収穫♪


ナスも収穫♪


今年、最初の収穫♪


今年は、キュウリの長期保存に挑戦する。目標は、野菜の長期保存による自給自足である。


楽しい…。楽しい♪ 楽しいぃぃぃ〜!


  2021/06/30  




    滑稽な話であるが、東京オリンピックの開催に関して、開会まで10日ほどしかないにもかかわらず、現在でも、まだピ〜チクパ〜チク議論し、 「あ〜でもない、こ〜でもない」とゴタゴタしているようである。私は、東京オリンピック自体に何の興味もないので、「開催したければ開催すればいいし、開催したくなければ開催しなくてもいい」という立場である。もし、そのような私に対して、何らかの意見を求められるような場合があれば、次のように答える。「東京オリンピックは開催されるべきである。将来、未知の感染症によって、オリンピックの開催が危機に瀕する可能性は低くない。開催を中止することが最も簡単な方法であるが、私たちの子孫が、『感染症が流行するたびに開催を中止していては、今後、ずっとオリンピックを中止しなければならなくなる。そんなことはできない』との結論に達し、何とかしてオリンピックを開催する方法を模索しようとした時、2021年、感染症の流行中に開催された東京オリンピックは、どれほど、私たちの子孫たちを勇気づけことができるであろうか。賛成する人間と反対する人間が混在する中、「どのようにして、オリンピックを運営したのか?」「当時の日本人は、感染症とどう向き合ったのか?」などの記録を詳細に残すことによって、私たちは、危機に瀕した私たちの子孫たちの“光”となるのである」と。因みに、上の写真は、東日本大震災で被災した南三陸町防災対策庁舎である。赤い矢印は、私の母。この庁舎の惨状を見れば、あの津波の威力が一瞬で理解できる。震災の当時、「あんな建物を見れば、津波のことを思い出すじゃねぇか! 破壊しろ!」との声も少なくなかったようであるが、結局、里人たちは、「どんなに自分たちが忘れたいと思っていることでも、自分たちが経験した悲しい歴史を子孫たちに伝えなければらならい」と考え、この庁舎を保存する道を選んだ。里人たちは、現在の自分たちの苦しい立場だけではなく、50年後、100年後の子孫のことまで視野に入れて決断したのである。

    私は、東京オリンピック自体には何の興味もないので、開催しても開催しなくても、どちらでもよい。しかし、この問題の結末には、少なからず興味がある。なぜなら、それらを見ることによって、“日本人の精神の現在地”を知ることができるからである。今、私たちが問われているのは、現在、新型コロナウイルスによって直面している、「大きなイベントなどの開催の中止」「アルコールなどを提供している飲食店の経営危機」などの問題を解決するために必要不可欠な、日本人の精神の在り方、そのものである。「今後、未知のウイルスが蔓延した時、一生、そのウイルスにビクビク怯えながら生活するのか、それとも、そのリスクを適切に受け入れて、ある程度の水準の生活を維持するのか。はたまた、それら以外の生活をするのか」。それらの方向性を決定するのは、私たち日本人の精神である。果たして、私たち日本人の精神は、どれだけ成熟しているのか。私は、その現在地を知りたい。東京オリンピックに全く興味がない私が、この問題の結末を静かに見守っているのは、そのためである。

  2021/07/12  





【 新型コロナウイルスに関する感想 14 】

    昨年の5月ごろ、私がテレビを見ていた時、その医師の名前や番組名などは忘れてしまったが、その医師が、次のような主旨の主張をしていた。「新しいウイルスが拡散した場合、そのウイルスの拡散が収束するのは、次の二つの場合だけです。一つ目は、多くの人間がそのウイルスに感染し、集団免疫を獲得すること。そして、二つ目は、有効なワクチンを開発し、多くの人間がそのワクチンを接種すること。この二つの道しかありません。みんなで頑張れば、ある程度、拡散を抑制することはできますが、収束させることはできません」と。その医師の主張は、他の出演者の方たちの主張よりも論理的であり、かつ、現実的だったので、私は、「そうか…、ウイルスの拡散を受け入れるしか方法はないのか…」と思い、うがい・手洗い・十分な睡眠などの感染対策はするものの、私の母が感染して死ぬ場合があること、私が感染して死ぬ場合があることを認識し、そのことを覚悟した。ところが不思議なことに、その後、その医師をテレビで見ることはなくなり、「人間の命は、何よりも尊い!」「一人たりともウイルスの犠牲にしたくない!」という正論を主張する方たちが多く出演するようになった。「あれっ? だいぶ偏ってきたなぁ…」と思っていると、アッという間に、多くの方たちが、“その方向”に突き進んでしまった。どうやら、正しいことを主張すると、テレビには出演できなくなるようである。結果的に、その医師の主張は正しかった。ただ残念なのは、その医師の方の発信力が弱かったということと、そのような発信力の弱い方たちを助けるメディアが少なかったということである。

    感染症に関してトンチンカンのド素人である私でさえ、その医師の主張を理解することができたのである。まして、責任ある政治家の方たち、感染症の専門家の方たちなら、当然、理解しているであろう。しかし、そのような方たちが、正しいことを主張することができない雰囲気が形成されてしまっている。つまり、正しい主張に対して、「人命を軽視している!」「弱い者たちを見捨てるのか!」という正論が横行しているため、正しい主張が駆逐されてしまっているのである。例えば、昨年の PCR 検査の騒ぎがそれである。「『 いつでも・どこでも・何度でも 』。希望する者が、PCR 検査を自由に受けられるようにして、国民の不安を払拭しろ」という正論であった。確かに、感染症の素人である私たちには、一瞬だけ、耳に心地よさを感じる言葉である。しかし、心地よいのは一瞬だけで、すぐに、「@精度が70%の検査に、どの程度の意味があるのか? A検査に関係する人材や機械を確保できるのか? B莫大な検査の費用をどうするのか? C検査で陽性と判明した方たちをどうするのか? 」など、現実的な疑問が次から次へと湧いてくる。この正論を信じ込んでしまった方たちが、「早く PCR 検査を自由に受けさせるようにしろ! なにをモタモタしているんだ!」と、関係している機関に執拗に苦情を申し入れたため、ただでさえ新型コロナウイルスの対応で多忙を極めていた関係機関に、さらに負担をかけることになってしまった。

    では、なぜ、このようなことが起こるのであろうか? それは、論理的な考え方ができないからである。「まず、正確なデータを集め、その正確なデータから結論を導き出す。この作業には、一切、人間の感情は必要ない。そして、そのようにして導き出された結論は、どんなに自分の感情と違う結論であったとしても、必ず、これを受け入れなければならない」。これが正しい考え方である。しかし、現在、そのようにはなっていない。人間の感情を基準にして結論が導き出されており、その結論が正しく見えるようなデータだけを強調している。これは本末転倒であり、これでは、正しい結論を導き出すことはできない。例えば、前述の PCR 検査であるが、「いつでも・どこでも・何度でも受けられるようにする」という結論が正しいということが前提になっており、70%の精度しかないなど、その結論にとって不都合なデータは軽視されていた。つまり、この主張は、「何が何でも PCR 検査を自由に受けさせるようにする」ということが目的であり、ただただ、その主張を他人に受け入れさせようとしているに過ぎない。因みに、アメリカやヨーロッパでは、PCR 検査を自由に受けられるようにしていたが、莫大な費用を費やし、多くの人材を酷使したにもかかわらず、大した成果が得られなかったのは周知の事実である。

    現実を踏まえた正論ならば、事態を好転させる可能性があるが、現実を踏まえない正論は妄想に近く、しばしば事態を悪化させる。私は、人命を軽視しているわけではないし、弱い方たちを見捨てているわけでもない。しかし、新型のウイルスが拡散した場合、どんなに私たち人間が正論を主張しても、すでに結果は決まっている。そして、現在の私たちの科学レベルでは、その結果を変えることは不可能なのである。どんなに自分の感情と違うことであっても、このことは受け入れなければならない。しかし、残念なことに、感染症の本質を理解することができず、「みんなで頑張れば何とかなる!」と妄信している方たちの存在が、いっそう事態を深刻にしてしまっている。それらの方たちに、感染症の本質を正しく理解していただくのは、感染症によって引き起こされた問題に対応するよりも難しいことである。

    政治家の方たちや感染症の専門家の方たち。お疲れさまです♪ 頑張ってね♪ そして、前述のような方たちを煽りに煽って事態を混迷させてしまった方たち。ちゃんと反省してね♪ 最後に、「みんなで頑張れば何とかなる!」と思っている方たち。もう少しだけ考えてみよっか♪

  2021/07/23  




陸奥之国では、毎年、多くの山菜が収穫できる。


そして、収穫した山菜は…。


天ぷらなどにして食べているのだが、ふと、「グルメではない私が、旬の食材を活かした食事をしている」ということに気づいた。そこで、それらの山菜を収穫できる時期を一覧にしてみた。以下がそれである。

時 期
名 前
備 考
3月上旬〜3月下旬 フキノトウ
3月下旬〜5月中旬 ヨモギの新芽
4月中旬〜4月下旬 タラの芽 5月上旬〜5月下旬まで収穫できるが小ぶり。
4月下旬〜6月上旬 ワラビ 4キロほど収穫できる。
4月下旬〜7月下旬 フキ
5月上旬〜5月中旬 サンショウの新芽
6月下旬〜7月上旬 ドクダミ 葉を乾燥させてお茶にする。
3月〜7月まで、私は旬の山菜を十分に楽しんでいることに気づいた。そして、これらの山菜の他にも、イタドリ・ゼンマイ・シドケなど、下調べが不十分で収穫していない山菜も多くあり、今後の楽しみは尽きない。陸奥之国は、山菜の宝庫のようである。

また、7月〜10月ごろまでは、野菜の収穫などで楽しめるので、3月〜10月までは、「山菜+野菜=楽しい」という方程式が成り立つ。しかし、11月〜2月の間は、この楽しみがなくなってしまう。そこで、3月〜10月ごろまでに収穫できたものの中で、長期保存が可能なものを選択して実行し、11月〜2月の4ヶ月間は、それらを楽しむことにした。

今年は、キュウリの長期保存に挑戦してみることにした。


まずは、キュウリを収穫して…。


キュウリを塩漬けにするための樽を買ってきた。因みに、母と私が一年間に食べるキュウリの量が分からないので、一番大きな30リットルの樽を買った。

樽の底にキュウリを置いて…。


キュウリの重さの約15%の重さの塩を用意。


その塩を、キュウリにかける。


押し蓋をして…。


漬けもの石を置いて完成! あとは待つだけ。 …と思ったのだが、数日後、キュウリの一部が腐ってしまった。「なぜ、塩漬けにしているのに腐ったんだ?」と思って調べてみると、キュウリに塩をかけた後、押し蓋まで水を入れなければいけないということが分かった。

失敗したら、成功するまで何度でも挑戦する!


今度は、ちゃんと水を入れた。


長期保存のための塩漬けではあるが、途中で塩抜きをして食べてもOK♪


現在、この畑では、キュウリ・ナス・トマト・ミニトマト・ダイコン・カブ・ジャガイモ・チンゲンサイ・コマツナの栽培が可能であることが確認されている。一方、エダマメ・ラッカセイ・ホウレンソウなどは育ちが悪く、ホウレンソウは2年連続で全滅した。

来年は、チンゲンサイ・コマツナを長期保存するため、野菜を乾燥させる方法について勉強しようと思っている。

苗を買ってきて育てていた野菜たちはスクスクと生長し…。


その収穫した野菜が、バケツに入りきらないことも多くなった。以前は、コンビニのビニール袋でも十分だったのに…。

ミニトマトの収穫量は、300個までは数えていたのだが、それ以後は数えるのをやめ、“いっぱい”という単位で認識することにした。

毎日が野菜生活♪


ふと気づくと、藤棚が荒れ放題になっていたので…。


剪定した♪


バッサバッサ剪定した。


おっ! 紫色の花が…。


いっぱい咲いてる♪


畑の仕事に疲れたら、藤の花を見ながら休憩♪


熱中症を予防するために、水源から引いている水で顔を冷やし…。


頭を冷やす。


「ふぅ〜、さて、畑の仕事しよっ♪」。 もう少し休憩すればいいと思うのだが、よほど楽しいのであろう。まぁ、過労で倒れないように、私が母を監視していればいいだけの話なので、特に問題はないのだが。なぜだか分からないが、先日、母が、「お前が子供だったころは、私と離れるのが不安で、ずっと泣きながら私の手をギュッと握っていたけど、今は、私の方が、お前と一緒にいないと何もできなくなった」と言って、ゲラゲラ笑っていたのを思い出した。

いつものように…。


キュウリ・ミニトマト・ナスを収穫♪


おっ! カボチャがなってる!


すぐに収穫♪


立派!


今日も、バケツいっぱいの野菜♪


いろいろな形をしている野菜があるので…。


いろいろと組み合わせて…。


「マフラーをしているペンギン」などと題名をつけて面白がっている♪ 誰も笑ってくれないが…。

野菜たちは、とても優しく笑ってくれる♪


この土地を買ったのは、本当に正解であった。


豊富な野菜と…。


豊かな自然が…。


認知症の母を、いつも笑顔にしてくれる♪


話をキュウリの塩漬けに戻すが、順調に塩がキュウリに染み込んでいるようである。


因みに、@のように茶色になっているキュウリは、十分に塩がキュウリに染み込んでいる。また、Aのように茶色と緑色の中間になっているキュウリは、塩の染み込みが不十分である。そして、Bのように緑色になっているキュウリは、まったく塩が染み込んでいない。

新たに収穫した緑色のキュウリは、樽の底に置く。その理由は、底になるほど塩分の濃度が高くなるからである。

そして、新たに収穫した緑色のキュウリの上に、今まで塩漬けにしていた茶色のキュウリを置く。


茶色のキュウリには、十分に塩が染み込んでいるので、塩は少なめにしてもOK♪


押し蓋をして…。


水を入れる。この作業を1週間ごとに繰り返せば、2ヶ月ほどで全てのキュウリが茶色になる。そうなれば完成! あとは、樽の中からキュウリを出して塩抜きをして食べるだけ♪ 長期保存によって、野菜の自給自足の生活が近くなった♪

  2021/08/15  





【 暮露暮露 株式投資を学ぶ♪ 〜 番外編 〜 】

    私の母は認知症である。そのため、母がデイサービスに通っている週4日しかアルバイトができないので、その収入は極めて少額になる。そこで、株式投資を学んで実践してみることにした。因みに、「株価が安いところで買って、株価が高いところで売れば利益がでる」という子供でも分かる簡単な理屈を実践すればよいだけなのに、実際には、約90%の投資家が大きな損失をだしているという。私は、株式投資に関する知識は全くなく、ゼロから始めることになるのだが、目標は、将来、予想される毎月の生活費の赤字の解消。金額にすると、月に約4万円ほどである。何かの参考になればと思い、厳しい株式市場で私が、どう感じて、どう行動したのかを、そのまま記述して記録に残すことにした。

2021年5月、株式投資を始めてから約2ヶ月が経過した頃、暮露暮露はデイトレードで連戦連勝し、順調に利益を積み重ねていた。

そして、絶好調のデイトレードの勢いのまま、再び長期トレードに挑戦し、デイトレードと長期トレードを併用して利益を積み重ねることにした。

すると、偶然、一株につき200円も下落している株式を発見。幸運にも、その株式の株価が再び上昇する傾向だったため、2021年5月20日、その株式を購入した。「 安く買って、高く売る。これ常識♪ 」。因みに、その株式は、JFEホールディングスである。

しかし、株式を購入した直後、上昇する傾向にあった株価が、突然、下落に転じ、含み損が発生した。保有する株式が、「購入した時よりも値上がりし、もし、売却すれば利益が出る」という状態を、“含み益”があるといい、逆に、「購入した時よりも値下がりし、もし、売却すれば損失が出る」という状態を、“含み損”があるという。

さらに…、下落…。


「 ふふふ…。株価なんて、すぐに戻るさ♪ 」。


しかし…、さらに…、下落…。


「ふふふ…。慌てない、慌てない」。


しかし…、さらに…、さらに…、下落…。


「お…、お…、落ち着け。まず落ち着け」。


とうとう…、含み損が100万円を…、超えちゃった…。


「… … …」。


ふ…、ふ…、含み損が120万円…。軽自動車が新車で買える金額だ…。「暮露暮露さん…、どうすんの?」。

き…、気絶してる!


JFEホールディングスの株価が、一株につき200円も下落してから購入したのだが、その株価から、さらに、一株につき300円も下落してしまった。結局、一株につき500円も下落するという大暴落になった。因みに、昨年の新型コロナ・ショックの時、JFEホールディングスの株価は、一株につき900円ほど下落している。

「お世話になりました…。さようなら…」。もうダメだと思った瞬間、“あの男”が、この危機から私を救ってくれた。

第46代のアメリカ合衆国の大統領である、ジョセフ・ロビネット・バイデン・ジュニアさん(=ジョー・バイデン=78歳)である。バイデン大統領が、コロナ禍における大規模な経済対策を発表してくれたおかげで…。

大暴落していた JFEホールディングスの株価が、再び上昇に転じた!


アメリカ合衆国から遠く離れた日本にまで、その発言の影響力が及ぶとは…。さすが、アメリカの大統領である。

その後…。


JFEホールディングスの株価は…。


順調に回復し、2021年8月12日、やっと、含み損が9万円まで下がった。ちょうど、この日は、JFEホールディングスの決算の報告日であり、その決算の内容も良好だったので、「あと1ヶ月もすれば、含み損がなくなるなぁ…」と思って、ホッとしていると…。

翌日、前日の決算が良好だったおかげで、株価が急上昇した。


昨日までの9万円の含み損が吹き飛び、突然、21万円の含み益になった。


株価が141円も上昇♪


まだまだ株価は上昇する傾向だったが、急な下落を回避するため、泣く泣く利益を確定した。現在の私の月収の約4ヶ月分の利益なので、まぁ…、結果オーライといったところであろうか。

長期トレードの再挑戦は、結果的に利益にはなったものの、実質的には完全な敗北であった。なぜなら、暴落の底値を見極めることができなかったからである。しっかりと冷静に暴落の底値を見極めていれば、150万円の利益になったはずである。今回、24万円の利益にしかならなかったのは、私の学びが不足していた以外の何ものでもない。株式投資を始めてから、すでに6ヶ月が経過している。もう初心者ではない。もっと株式投資について学ばなければならない。

私が若かった頃、当時の大人たちは、私たちに、「株式投資はギャンブルだ。あんなものは絶対にしてはいけない! 額に汗して働くんだ!」と教えた。しかし、日本の経済が成熟し、これ以上の大幅な成長が期待できなくなった現在、私たちは、会社から支給される給料だけではなく、“その他の収入のルート”を自分自身で探す必要に迫られている。私が生きた昭和時代と比較して、現在の若い方たちは恵まれた環境にある。株式投資や不動産投資、自分の好きなことで起業するという方法もある。ぜひ、若い方たちには、自分の適性に合った収入のルートを自分自身で模索していただきたい。私は、数年後には引退する古い人間である。もう、新しい時代に適応するように努力する力も残っていない。次の世代の方たちにとって老害となることがないように、このまま静かに消えていくつもりである。

  2021/08/29  




    先日、YouTube というウェブサイトで、飢えたライオンの群れが、水牛を捕食しようとしている動画を見た (削除されていなければ、ここをクリックすれば当該映像を閲覧できます。ただし、このような映像に嫌悪を感じる方は閲覧しないでください)。 簡単に説明すると、「そのライオンの群れが、数日ぶりに獲物を捕食しようとした瞬間、別の群れの雌のライオンが来て、その獲物を一緒に食べようとしたのだが、その群れの雌のライオンが怒って、その別の群の雌のライオンを追い出そうとして争いになった。すると、その群れの雄のライオンが、争いをしている雌のライオンたちを鎮めるために必死に引き離そうとして奮闘。しかし、そうしている間に、捕食されそうだった水牛が、あっさりと逃げてしまった」という動画である。

    一見するだけでは、クスッと笑ってしまいそうな動画であるが、よくよく考えてみると、けっこう深い。そのライオンたちは、数日間の空腹に耐えているにもかかわらず、獲物を捕食することよりも仲間たちとの絆を優先した。確かに、お互いの信用がなければ、今後、協力して獲物を捕食することができなくなってしまうので、当然といえば当然である。もしかしたら、その絆こそが、ライオンという種を絶滅させなかった要因の一つなのかもしれない。

    一方、私たち人間はどうであろうか? 現在、世界中で猛威をふるっている新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が実施されているが、ロイターの情報によると、各国によって接種率に差があるようである (ここをクリックすれば当該資料を閲覧できます)。 「金銭的に余裕がある国の接種率は高いが、金銭的に余裕がない国の接種率は低い」。それだけが原因だとは思わないが、そのような傾向があるということも否定できない。飢えに苦しんでいたライオンたちは、数日ぶりの獲物より、自分たちの命をつなぐための大切な獲物より、仲間たちとの絆を優先させた。さてさて、私たち人間は、何を優先させるのであろうか?

  2021/09/06  




    新型コロナウイルスによる混乱が始まってから、どのくらいの月日が経ったであろうか。世の中では、多くの方たちが、自分自身に数々の制限を課して、新型コロナウイルス対策をしているようであるが、私の対策は、最初から、「うがい・手洗い・十分な睡眠」だけなので、特に日常生活の何かを変えたということはない。多くの方たちの目には、私の極端に簡素な対策は、「何もしていないのと同じなのでは?」と映るらしいが、私は、自身の対策が、そのような低い評価でも特に気にすることはない。今後も、「うがい・手洗い・十分な睡眠」を徹底するだけである。因みに、「うがい・手洗い・十分な睡眠」だけの対策で、新型コロナウイルスに感染したという記憶はないし、インフルエンザに感染したという記憶もない。もっとも、自覚症状がなく、知らないうちに感染して、知らないうちに治癒していたという場合は別であるが。

    私は、子供の頃から、集団で行動するということが苦手だったので、現在でも単独で行動することが多く、集団で行動することは少ない。どうしても、集団の中で共通認識をもつことができないため、ずっと、“一般常識がない人間”と言われ続けてきた。私自身も、若い頃は、「集団で行動することができないダメな人間」・「協調性が欠けているダメな人間」と思っていたこともあったが、現在は、「集団に流されることがない人間」・「しっかりと自分自身をもっている人間」だと自負している。私には、集団で行動することができる方たちが共通認識としてもっている一般常識というものがないので、「これは、こういうものだ。あれは、ああいうものだ」という制限が少ない。そのため、一般常識がある方たちとは、かなり違ったものの見方をしているようである。

    その違いについて、新型コロナウイルスから子供たちの健康を守るために、小学校などを閉鎖した時のことを例に挙げて説明することにする。一般常識のある方たちは、その閉鎖が長期化すると、「学校が閉鎖になって子供たちが家にいると、自分が仕事に行けないので困る」と問題を提起するようになった。しかし、私は、疑問に思った。「それならば、子供が家にいることを前提として、仕事の日程を調節すればいいのでは?」と。すると、一般常識のある方たちは、「それでは収入が減少して生活が苦しくなるし、会社にも迷惑がかかる」と問題を提起した。しかし、私は、疑問に思った。「収入が減少しても生活ができるように、生活の在り方を見直せばいいのでは? また、会社に迷惑がかかるというが、自分たちも迷惑しているのだから立場は同じである。会社の立場だけではなく、もう少し自分の立場を強調してもいいのでは?」と。すると、一般常識のある方たちは、今度は、「子供たちが、学校で友達に会いたいと言っている」・「学校の閉鎖が続くと、子供たちの学力の低下が心配だ」と、突然、自分たちの視点から、子供たちの視点に変えて、問題を提起してきた。しかし、私は、疑問に思った。「児童虐待など、家庭に重大な問題がある場合は別であるが、そのような問題がないのであれば、『学校の友達にも会いたいけど、家族と過ごす時間も良い』と言われるように、家族の在り方を変えればいいのでは? また、子供の学力の低下を心配するのであれば、学校に代わって自分が教えるように努力したり、子供たちと一緒になって学ぶという姿勢に変えればいいのでは?」と。さらに、意地の悪いことを言えば、「『子供たちの健康を守る』という最初の目的は、どこに行ってしまったんですか?」と。

    上記の例からは、一般常識がある方たちは、「大人は会社に通勤しなければならない」・「子供は学校に通学しなければならない」・「収入を減少させてはならない」などの共通認識をもっていることが分かる。このガチガチに固まった“岩盤”を基準にすると、その集団の中では多数派なので安定するであろうが、その集団の主張を客観的に判断した場合、その主張は硬直したものであり、狭い視野でしか世の中を見ていないように感じる。一方、私には、前述のような岩盤はないので、私の主張は硬直することが少なく、広い視野で世の中が見えているように感じる。私は、「どちらが優れていて、どちらが劣っているのか?」などという話をしているのではない。どちらも大切なので、お互いに、お互いの考え方を尊重できる社会になってほしいと願っているだけである。因みに、こんな私にも、前述のそれとは違う岩盤がある。その岩盤とは、「『人間が幸福になるためには、どうすればいいのか?』。生涯、この問いに悩み続ける」というものである。このたった一つの岩盤を中心にして、私は理論を組み立てていく。これだけは、何を言われても絶対に変えないし、どんな状況であっても必ず実行する。

    現在、母と私は、少ない母の年金と、月に5〜6万円ほどの私のアルバイト代でギリギリの生活をしている。因みに、上の写真は、普段、私が着ているボロボロのシャツなのであるが、母は、「戦争中の貧しさを知っている私が見ても、悲しくなる♪」と言ってゲラゲラ笑っている。今後、母の認知症が少しずつ進行することが確実なので、病院や介護施設の利用が増加し、かなりの出費が予想される。シャツを買う金がないというわけではないのだが、緊急事態に陥った時、最初に必要になるのは金なので、最低限の蓄えをするため、徹底的に倹約している。母は私に、「ごめんね。まだまだ長生きするからね♪」と言っているので、私は、「心静かに母が天寿を全うするためには、どうするべきか?」ということを中心に理論を組み立てて、その理論を実践している。その理論の実践のためなら、他人の嘲笑など気にならないし、気にしている余裕もない。ふと、昔、誰かから言われた言葉を思い出した。「あんたの柔軟性は、Aの二重丸だな♪」と。自分では特に意識していないのだが、私の柔軟性は、Aランクに◎が付くようである。

  2021/10/01  




    上の写真は、第99代の内閣総理大臣、菅義偉さん(=すが・よしひで)である。記者会見などでの原稿の棒読みは不評であり、国会でも同じ内容の答弁を繰り返すので、童謡の「やぎさんゆうびん」に由来する“やぎさん答弁”や、“壊れたレコード”などと揶揄されていたようである。また、民間企業に勤めている自身の長男が官僚を接待していたことも判明し、内閣支持率も最終的には20%代にまで下落した。そのような理由からなのであろうか、在任期間は、2020年9月16日〜2021年10月4日と短く、歴代の内閣総理大臣の中では、下から12番目らしい。政治には全く興味がない私ではあるが、ふと、「そんなにダメな内閣が、この一年間、何をしていたのであろうか?」と疑問に思ったので、調べてみることにした。以下が、その結果である。

実績
備 考
1. 東京オリンピック・パラリンピックを実施。
2. 新型コロナウイルス対策。 @ワクチンを製造している企業と直談判して供給量を確保。その後、ワクチン接種に対する柔軟な姿勢で、驚異的なスピードで接種率を上昇させる。 A支援金の支払いが遅れるなどの問題はあるものの、新型コロナウイルスによって疲弊している企業への支援を実施。 B台湾・ベトナム・インドネシア・タイ・マレーシア・フィリピンなどへ、ワクチンを提供。
3. 安全保障。 @日・米・豪・印による、安全保障や経済を協議する枠組みである“クアッド”を推進。 A日米首脳会談の共同声明で、「台湾海峡の平和と安定の重要性」を明記。 B“従軍慰安婦”という表現を不適切とし、“慰安婦”とするのが適切とした答弁書を閣議決定。 C自衛隊の基地など、日本の安全保障における重要な地域での土地利用を規制する法律である、“重要土地利用規制法”の成立。
4. デジタル庁の創設。
5. 福島第一原子力発電所の汚染処理水の海洋放出を決定。
6. 「何かを生産した時に排出される二酸化炭素と、吸収される二酸化炭素が同じ量になるようにする」という概念である、“カーボン・ニュートラル”の推進を宣言。
7. 一定の所得がある75歳以上の後期高齢者の医療費窓口負担を、1割から2割に引き上げる医療制度改革関連法の成立。
8. その他。 @不妊治療の保険適用。A最低賃金を28円引き上げ。BGo To キャンペーンの実施。 C国立がん研究センターに、がん対策研究所を開設。D米国の福島産輸入規制の撤廃。E携帯電話料金の値下げ。 F日本学術会議の会員人事で、日本学術会議から推薦された会員の任用を拒否。

    上記の内容を見てみると、「国民への丁寧な説明が必要だ!」という理由で10年〜20年も放置されてきたことを、いくら説明しても絶対に国民が納得するはずがないことを、そのような重要なことを次々に決定したようである。何かを決定して実施すれば、多くの場合、賛否両論があるものである。素早く決定すれば、「丁寧な説明が必要だ!」と言われ、慎重に決定すれば、「なにをグズグスしてるんだ!」と言われる。そのようなことは、毎回のことなので、特に気にする必要はないと思う。政治家にとって必要なことは、「日本全体の将来のことを考えて決断し、その決断によって弱い立場の方たちに及ぶ被害を救済しながら、その決断を確実に実行する」という信念である。

    政治に関してトンチンカンのド素人である私の個人的な意見であるが、菅さんは、「口下手のために他人から誤解されることも多いが、やるべきことを黙々とこなし、何ひとつ言い訳もせずに静かに消えていく」という、私好みの政治家であった。歴代の内閣総理大臣の中では、下から12番目という短い在任期間ではあったものの、その短い期間に決定して実行したことは多い。将来、私たちが、菅さんの能力の高さに気づいて、「すいませんでした。もう一度、私たちのために、内閣総理大臣になってください」とお願いしたら、菅さんは、引き受けてくれるであろうか?

  2021/10/18  





【 認知症と向き合う 15 】

    今後の認知症の研究のためになればと思い、また、認知症の患者を家族にもつ方たちの参考になればと思い、認知症の母を介護している私が、見たままを、感じたままを、そのまま記述して記録に残すことにした。

    「私がトイレや風呂に入っていて姿が見えない時、『息子が誘拐された!』と思い込み、部屋の中をウロウロする」・「父が死んでいることを忘れて、『お父さんが帰ってこない! どこに行ったの? こんな遅い時間に!』といって、110番しようとする」・「物置のドアを開けて、『トイレは…、どこだっけ?』という」。現在、母の認知症の症状は、「少しずつではあるが、進行している」という印象である。中でも、トイレの場所を忘れるということは、以前は、ほとんど見られなかったことなので、症状の進行が、「人間が生きていくための基本的な行為」にまで及んできているということなのかもしれない。そのため、少しでも母の不安感を軽減するために、ずっと一緒にいて話し相手をするようにしている。24時間・365日、その状態が続くので、介護を始めて4年、さすがに疲労が蓄積してきた。月・水・金・日曜日の週4日、母はデイサービスを利用しているので、その時間は空いているのだが、その空いた時間も、生活費を稼ぐために、月・水・金曜日は、9:00〜16:00まで製鉄所の清掃のアルバイトをし、日曜日は、13:00〜16:00まで物流会社の清掃のアルバイトをしているので、私の疲労を軽減させる時間にはなっていない。そのような時に始めたのが、株式投資である。その株式投資による利益が、最近、やっと安定的に得られるようになってきた。上の画像が、2021年3月から現在までの結果である。

利益の金額が、100万円を超え…。


損失の金額が、15万円ほどに抑えられたため…。


実現損益の合計が90万円ほどとなって、私の清掃のアルバイト代の年収を超えた。


    そこで、私は、自分の自由になる時間を確保し、少しでも疲労を軽減するために、日曜日に勤務している物流会社の清掃のアルバイトを辞めた。この清掃のアルバイトを辞めることによる損失は、年間、約12万円である。その損失は、株式投資の利益で十分に補填できるので、特に問題はないのであるが、株式投資で、毎年、安定的に100万円を確保できるかは分からないので、月・水・金曜日に勤務している製鉄所の清掃のアルバイトは継続している。

    株式投資は、インターネット環境が整っているパソコンやスマートフォンがあれば、いつでも、どこでも、生活費を稼ぐことができる。このツールを手に入れたことによって、私は、自分の生活スタイルを劇的に変化させることが可能になった。例えば、現在、母が通っている介護施設で新型コロナウイルスのクラスターが発生して2週間の閉鎖になった場合、母を独りで自宅マンションに放置することはできないので、当然、2週間、私も会社に出勤することができなくなるのであるが、在宅で株式投資をすれば、その減少した収入を補填できるので、特に金銭的な問題は発生しない。つまり、仮に、母が介護施設に通うことができなくなったとしても、仮に、私が製鉄所の清掃のアルバイトを解雇されたとしても、金銭的な問題を考える必要はないということである。さらに言えば、仙台に定住する必要もなくなる。例えば、母が、「山梨の実家の近くに住みたい」と言えば、それも可能であるし、母が望むのであれば、日本中を旅行しながら楽しく暮らすことも可能である。

    私は、この4年間、介護離職した者たちの宿命である、「どうやって、介護をしながら生活費を稼ぐか?」という問題に苦しめられてきた。しかし、その問題を解決するまで、あと一歩というところまできている。ふと、今から25年ほど前、私が職場で初めてインターネットに接続されているパソコンを操作した時のことを思い出した。私は、このシステムに秘められた無限の可能性に衝撃を受け、いろいろと明るい未来を想像しながら、「これは素晴らしい! 将来、すごいことになるぞ!」とブツブツ言いながら、夢中でインターネットをしていた。すると、近くにいた同僚が、次のように私に言った。「おいおい、兄ちゃん! 背中が躍ってるぞ♪」と。

  2021/10/24  




    2021年10月31日は、宮城県知事選挙・衆議院議員選挙の投票日であった。上の写真は、宮城県知事選挙に関するビラである。私は、選挙という言葉を聞くと、いつも、子供の頃の苦い経験を思い出す。何の選挙だったかは忘れてしまったが、私が、小学校の低学年の時、その選挙はあった。

    私が、その選挙に立候補している方の選挙事務所の前を通りかかった時、「ボク!これ食べて♪」と言って、その事務所で働いている方から、おにぎりを手渡されたので、お腹が減っていた私は、「ありがとうございま〜す! いただきま〜す♪」と言って、ムシャムシャと食べた。すると、事務所の中から立候補した本人が出てきて、「お腹いっぱい食べていってね♪」と言ったので、私が、「お父さんと、お母さんに、オジサンに投票するように言います!」と答えると、その方は、「ありがとう、頼んだよ♪」と言って、ゲラゲラ笑った。このような行為は、今も昔も、公職選挙法違反なのであるが、当時は、「どこの選挙事務所でもやっていることだよ」という雰囲気であったため、特に誰からも注意されるようなことはなかった。

    さっそく家に帰って、父と母に、「〇〇さんから、おにぎりをもらったから、投票してあげて!」と頼むと、めったに怒らない父が、顔を真っ赤にして怒り始めた。「選挙の投票で物をもらうな!」・「しっかり考えてから投票するものだ!」・「そんなことをして、お前は恥ずかしくないのか!」など、1時間にわたって怒り続け、最後は、「だから、お前は学校の成績が悪いんだ!」など、選挙の投票とは全く関係のないことでも怒っていた。1時間も怒り続けたので、自分が最初に何で怒り始めたのか忘れてしまったのであろう。因みに、私の公職選挙法違反を諭した父ではあるが、自分の行為は児童虐待防止法違反である。

    結局、なぜ、そこまで父が怒ったのかは現在でも謎のままであり、「あの時は、メチャメチャ怒られた。しこたま怒られた。コテンパンに怒られた」という私の記憶だけが鮮明に残っているのみである。選挙の投票が大切だということは十分に理解した。しかし、小学校の低学年の子供に、そんなに怒る必要があるかね…。ただそれだけの話であり、特に深い意味はない。単なる日常生活の1コマを書いただけである。

  2021/11/09  




2021年、今年も、陸奥之国では、たくさんの野菜が収穫できた♪


収穫した野菜を洗うのは、母の担当なのであるが…。


ん〜。


美味い!


美味いねぇ〜! このミニトマト♪


食べてばかりで、クソの役にも立たない…。


そんな楽しい時間も、とうとう終わってしまった。


毎日、家庭菜園ができるわけではないので、ミニトマトの蔓の管理ができず、多くのミニトマトが地面に落ちて腐ってしまった…。

さてさて、支柱をかたづけるか。


ホイッ! 完成!


来年もヨロシク♪


母が、野菜のかたづけをしている間、私が何をしているかというと…。


赤い矢印は、来年、畑にする予定の場所。


この荒れ地を整備しなければならない。


バッサバッサと雑草を切り倒し…。


イノシシの防護柵に寄せる。


そして、最後に土を寄せて雑草を埋める。毎年、やることは同じである。


赤い矢印は、 1年ほど前に切り倒したタラの木。


1年が経過して腐敗がすすみ、細かく切りやすくなったので切ることにした。


あの立派な大木が、たった1年でこんなスカスカに…。


切った枝も、大切に使わせていただく。


今後、しばらくは新しい畑を整備していく。


毎年のことではあるが、この荒れ地を整備するのは、たいへんなことである。現代的な道具を使わずに整備した先人たちは偉い!

新しい畑の整備も大切であるが、階段などのメンテナンスも大切である。


木材が腐敗して折れてしまった。


こんな感じ。


この階段は、一度、すべてを撤去してから、再度、整備する予定。


休憩中に、ふと、周りを見てみると…。


サンショウの実がなっていた。


そして、その下を見てみると、サンショウの実が落ちていた。


しかし、よくよく見ると、野生動物のフンであった。楽しいことばかりに気をとられて警戒を怠ると、とんでもない危険に遭遇することになる。野生動物たちは、すぐそこまで迫っている。因みに、上の写真は、ウサギのフンだと思われる。

  2021/11/15  





【 暮露暮露の日常から考察する塞翁が馬 〜 その1 〜 】

    「人生での幸福や不幸というものは、予測することが難しい。そのため、たとえ自分が幸福だと思っていても喜ぶには値せず、逆に、たとえ自分が不幸だと思っていても悲しむには値しない」ということを例える言葉として、中国の思想書である淮南子の故事による、“塞翁が馬”というものがある。ふと、「本当に、そうなのであろうか?」と疑問に思ったので、自分の日常生活と対比させて、実証してみることにした。

現在、私は、株式投資をしているのだが、ある日、楽天グループの株価が値ごろだったので、その株式を購入した。

株価が上がった♪


コツコツと…。


利益をだしていると…。


「楽天銀行が株式を上場する可能性がある」というニュースが流れ…。


さらに、株価が上がった♪


すると、今度は、トヨタ自動車の株価が値ごろだったので、その株式を購入した。


株価が上がった♪


その他の株式でも、コツコツ利益を重ねたので…。


会社から帰るときに買っていた、Sサイズ・100円のコーヒーを…。


210円の抹茶ラテに変更♪


今回の、「楽天グループ+トヨタ自動車+その他」での投資の利益は、合計830,110円であった。たった1ヶ月ほどで得た利益なので、100% あぶく銭である。

昔、私が正社員で働いていた時は、大きな災害があると、被災地に10万円ほどの寄付をしていた。しかし、派遣社員で働くようになって貯蓄することが困難になると、寄付の金額は数千円にまで低下。母が認知症になってアルバイトでしか働けなくなると、毎月の生活費が赤字に転落してしまい、寄付をするどころではなくなってしまった。その後、アルバイトでの年収が100万円未満にまで低下したため、現在、市民税・県民税・国民年金保険料・所得税などが全て免除され、国民健康保険料は、年間で2万円ほどしか納付していない。そこで、今回の投資で得た利益の83万円は、匿名で寄付することにした。募金箱やコンビニのATMなどを利用し、すでに複数の団体に分散して寄付を完了している。私は結婚をしていないので、守るべき家族が少ない。ということは、生活が苦しいながらも、守るべき家族が多い方たちから見れば、私の負担は少ないということである。私は、「世の中には、私よりも苦しい生活をしている方たちがいる」ということを忘れてはならない。

因みに、私の生活スタイルは、昔も今も同じである。ボロボロになったシャツを着ながら、毎日、質素倹約に励んでいる♪

上の写真の難民の方たちの服装を見ていると、ボロボロのシャツを着ている私よりも立派に見えるので、「ん〜、これでは…、どちらが難民なのか分からない…。寄付が必要なのは、私の方なのでは…」とも思う。なんとも複雑な心境である。

唯一、変わったことは、投資の利益が増えたので変更していた210円の抹茶ラテを…。


Sサイズ・100円のコーヒーに戻したぐらいである。


  2021/12/11  





【 新型コロナウイルスに関する感想 15 】

    上の写真は、以前、私が清掃のアルバイトをしていた、パチンコまるたま泉中央店である。昨年、新型コロナウイルスが流行し始めた頃は、メディアなどで、感染症の専門家や評論家の方たちが、「パチンコ店は三密(=密閉・密集・密接している状態のこと)なので、新型コロナウイルスが拡散する可能性が高い」という主旨の主張を多くしていたので、その主張を妄信した方たちから、常軌を逸しているとしか思えないような激しい非難にさらされた。考えられる全ての感染対策をしていたにもかかわらず、そして、一度もクラスター(=共通の感染源をもつ5人以上の感染者の集団のこと)を発生させていないにもかかわらずである。東京都医師会に至っては、「パチンコ店で新型コロナウイルスのクラスターが発生している」と断定して主張してしまい、その翌日に、「事実誤認であった」と謝罪に追い込まれるほどの混乱ぶりであった。感染症の専門家や評論家の方たちにとって、パチンコ店の被害など所詮は他人事なので、もう誰も覚えてはいないであろう。それらの方たちが、パチンコ店への非難を過熱させていた時も、パチンコ店の従業員の方たちは、黙々と私の目の前で一生懸命に感染対策をしていた。その従業員の方たちの姿を見ていて、「少なくとも、他の場所よりは安全だ」と思ったのを覚えている。

    しかし、この経験は、私にとっては決定的なプラスであった。なぜなら、感染症の専門家や評論家の方たちのメディアでの主張が、「信用するに値するほどの情報ではない」ということが、早い段階で確認できたからである。そのため、「感染症の専門家や評論家の方たちの主張は聞くものの、その情報の真偽は自分の頭で考える」という基準での情報処理を徹底することができた。当然のことではあるが、当時は、その当然のことができる人間が少なかったように感じる。その一つの例が、マスクの着用である。私は、最初から、あまりマスクの必要性を感じていなかったので、マスクの着用を義務づけている場所やマスクの着用の要請があった場所ではマスクを着用するが、それ以外の場所でマスクを着用したことはない。確かに、実験室でのマネキンを使用した検証では、マスクの効果は大きかったかもしれないが、よくよく考えてほしい。日常生活で、マスクが半分ずれている状態にもかかわらず、大きな声で携帯電話で通話している方たちを見かけたことはないであろうか。つまり、実際の人間は、実験室のマネキンほど正しくマスクを着用していないということである。そのため、私は、「マスクの効果がゼロだとは思わないが、実験室での効果ほど大きなものであるとも思わない。むしろ、密閉された空間では、マスクをすることよりも、『換気をすること』・『会話をしないこと』の方が大切である」という結論を導き出した。

    ここで私が問題にしているのは、「マスクの着用に、どれだけの効果があるのか?」ということではなく、「マスクの効果と着用に関して、しっかりと自分の頭で考えているのか?」ということである。もう一度、よくよく考えてほしい。昨年から、多くの方たちがマスクを着用しているが、これだけ多くの方たちがマスクを着用しているにもかかわらず、新型コロナウイルスの第5波では多くの新規の感染者が確認された。そして同時に、これだけ多くの方たちがマスクを着用しているにもかかわらず、現在では、ほとんど新規の感染者が確認されていない。つまり、これだけ多くの方たちがマスクを着用しているにもかかわらず、それとは関係なく新規の感染者が増減しているということになるのである。このような状況で、マスクの効果や着用に関して、何の疑問ももたれていないこと自体に、私は恐怖を感じる。もうそろそろ、マスクの着用に関して、自分の頭で考えて結論をだす時期が来ているのではないだろうか。いつまでも感染症の専門家や評論家の方たちの主張に依存しているようでは、次なる未知のウイルスが拡散した時、そして、そのウイルスが新型コロナウイルスとは比較にならないくらい強力なウイルスであった時、私たちは、今、経験している以上の混乱を経験することになるであろう。

  2021/12/16  




    2021年の7月末、奈良公園を生活圏の一部にしている鹿が死んだ。その鹿の死因を調べるために解剖したところ、胃の中から3.2キロのビニール袋の塊が発見されたという。上の写真がそれ。専門家は、「いわゆる“奈良の鹿”と呼ばれている鹿は、街の中で暮らしているという点では、世界的にも珍しい存在です。それらの鹿は、食品を包装していたゴミを人間が捨てると、そのゴミに残っている食品の臭いから、食べ物だと思ってゴミを食べてしまいますので、ゴミは自宅に持ち帰るようにしてください」という主旨の警鐘を鳴らしている。

    通常、野生動物が現われるのは、人間の生活圏と野生動物の生活圏の境界線あたりに集中していて、野生動物が街の中に現われるというケースは少ない。そもそも、前述のような問題は、この境界線あたりで起こっているはずの問題である。まず、私たち人間は、この問題が街の中で起こっているということ自体に疑問をもたなければならない。つまり、本来、この問題の本質は、「ゴミを捨てないようにする」ということではなく、「野生の鹿が、街の中を生活圏にしていること自体を解消する」ということにあるべきなのである。では、なぜ、私たち人間は、この問題を解決することができないのであろうか。それは、私たち人間が、野生の鹿による観光収入という欲を捨てることができないからである。その欲を捨てることができないために、この問題の構造が複雑になってしまい、その解決を難しくしてしまっている。

    前述の鹿の死が私たち人間に問うているのは、究極的には、「私たち人間は、どのように動物とかかわっていけばよいのか?」ということである。例えば、食肉用として大量に殺されている鳥・豚・牛などの問題は、前述の鹿の死とは比べものにならないくらい重大な問題である。現在、私たち人間は、当然のように大量の動物を殺して肉を加工し、その肉を食べている。そして、それらの肉が売れ残った場合、何の躊躇もなく当然のように廃棄している。このような問題を考える時に必要となるのが、「私たち人間が、野生動物の命を、どれだけ真剣に実感しているのか?」ということである。

    私は、家庭菜園のための土地を山に所有している。そして、その土地は、人間の生活圏と野生動物の生活圏の境界線にあるのだが、以前、私は、その土地でイノシシと遭遇し、約10メートルほどの至近距離でイノシシと対峙したことがあった。私が手にしていたのは雑草を除去するための鎌のみ。一方、イノシシは、興奮しながら私を激しく威嚇していた。そこで、私が、恐怖を感じながらも、野生動物に遭遇した場合の危機管理の定石に従い、イノシシを見ながら少しずつ退くと、やがてイノシシは向きを変えて山奥に姿を消していった。その時、私は、イノシシと真剣に対峙して恐怖を感じることによって、自分の命とイノシシの命、この二つの命を確かに感じることができたのである。この経験は、街の中に住み、スーパーで気軽に肉を買って食べていた私の野生動物に対する認識を激変させた。つまり、「私たち人間は動物を殺し、その肉を食べさせていただいて生かされている。だから、その動物たちに感謝しなければならない」という、動物の命に関する知識や教養のレベルを超越し、もっと泥臭い、もっと生々しい、とても言葉では説明することのできない、動物の命というものに対する感覚をもったということである。

    ふと、私は、私が子供の頃にテレビで見たニュースのことを思い出した。東京にある小学校での話である。ある日、先生が生徒に、「好きな動物の絵を描いてみよう」という課題をだしたところ、ある生徒が、足が4本あるニワトリの絵を描いたという内容であった。私は、その子供のことを軽蔑するつもりはないし、笑うつもりもない。まして、動物に対する知識や教養を深めることに異議を唱えているわけでもない。私が主張したいのは、「自分が、どのような動物を殺して、その肉を食べているのかを理解していないのに、その動物と真剣に対峙した経験もないのに、その動物の命を実感することはできない」ということである。もし、私たち人間が、本当に動物の命を実感しているのであれば、特別な理由がない限り、それらの肉を食べ残して捨てるなどということは決してしないはずである。「私たち人間は、どのように動物とかかわっていけばよいのか?」という問題を解決するために、動物に対する知識や教養を深めることは大切である。しかし、もっと大切なことが、人間と野生動物の真剣な肉弾戦の中にあると私は思っている。

  2021/12/31